クラシック

「…バカでしょ、奏成。
たとえそうだったとしても、うん、なんて言うと思うの?」



うん、なんて。
言われても困る。
俺は友情と恋情とを天秤に掛けた経験なんて無いし。
そもそもどう量ればいいのかなんて分からない。



「ふふん。
そうやってちょっと困ってみるといいよ。
人間らしくなってくね、奏成」

「…感じ悪い」



噛んで含めたような翔太の物言いに、俺は理由も分からないまま苛立ちを募らせる。
視線を逸らし思考を逸らそうと俯けた顔の前に、翔太の細長い指がふいに伸びてきた。



美音ちゃんはねえ、と。
わざとなのか、名前で呼ぶのは。
俺の内なる何かを引きずりだそうとしてるのか、翔太。
何なんだよ、お前。



「人気者なんだよ、密かに。狙ってるヤツは、実はかなりいる」

「…マジか」

「マジだよ。
去年の合唱コンクールで伴奏したんだよね、美音ちゃん。
普段とのギャップ萌え、ってやつ?ポワンとしてんのにピアノ弾き始めたら別人、みたいな」



…ああ、マジうぜえ。
俺の着眼点は所詮一般的だったってことか。
ギャップ萌え、だとか。
そんな可愛らしい流行りもんにやられたってのか、俺は。



何か、違うと思いたい。他とは。
あの体育倉庫で相川と俺との間に流れた空気は。
俺が、相川に惹かれた根本は。



…ああ、俺。
何気に認めちゃってんじゃん。
相川に惹かれてる、って。



まあ、でも。
そうなんだ。
そうなんだよ、俺。
いくら狙ってるヤツがいようと、今日から俺が彼氏だ近寄んなバーカ、くらい心の内側で悪態ついて得意の貼りついた笑顔で鼻明かしてやれるな、とか。
スルッと考えてるよ。



「知らなかったでしょ?奏成。関心、無かったよね?基本 誰にも。
なのに、急に…伊野さんが疑うのも、無理ないよねえ」

「…そこは。ネコかぶり生徒会長がきちんと説明を」

「あの人、そのネコも見破ってるよ」



そういやスケコマシだの諸悪の根源だのと罵詈雑言を浴びせられたな。
女の慧眼って扱いにくい。
俺はふう、とため息を吐いた。



「美音ちゃんには…確認したの?」

「何を」

「ちゃんと、つき合うこと」



ちゃんと、がどこへ係るのか分からない。
いや、さっきから翔太の言わんとするところに見当もつかない。
何なんだよ、翔太。



「彼氏がいないのは確認した」

「…それだけ?」

「コンクールが終わるまでの期間限定男女交際」

「そんなこと言ったの?!」



他意なくコクリと頷いた俺を目で捉えると翔太は大きく深くため息を吐く。
見る間に瞳へ広がる暗い色は蔑み?憐れみ?侮り?
あまり良い感情ではないらしいし美音ちゃん可哀想、の呟きの意味がまた分からない。
瞬間、苛立ちに焦りが上塗りされてくる。



「なんで相川が可哀想なんだ。お前だって、悪くない作戦だと思ったんだろ」

「奏成」



翔太の目はまた小窓越しに相川へ穏やかに据え置かれる。
つられるように俺も相川へ目線を移した。
跳ねるように踊るように、像を残し忙しく行ったり来たりする小さな手。
繋いだ時の柔らかさがふいに思い出される。



「オレと伊野さんはね?2学期入ってからずっと、今の席なワケ」

「…そりゃそうだな。席替えしてないし」



俺の後ろの席が翔太で。
相川の後ろの席が伊野。
どうした?そんな当たり前のこと。



「…だから、よく分かってる。
奏成がどれほど周囲に無関心か。
美音ちゃんがいつも見つめているのは何なのか。
伊野さんが降って湧いた噂を信じてないのも、そのせい」

「…え?」



ああでも昨日までの話。

そう追加した翔太は俺へ一瞥をくれると帰るよ、と背を向けた。
俺はたまらず翔太、と声をかける。
何が言いたい?翔太。
俺は、何に気づけばいいんだ。
お前が暗に向けるメッセージに俺はまだピンと来ていない。



「あー、意外と楽しいもんだねえ。困惑の奏ちゃん見るの」

「…は」

「奏ちゃんが酷いことしたら。オレが美音ちゃん奪うからね?」



どの残響が頭の中を駆け巡り続けたのか。
俺はお袋からお昼どうする?と訊ねられるまでずっとピアノ部屋の前に突っ立ったままだった。