クラシック

「…普段通りにしてないと。
変に意識しちゃって」



明日のこと、なんて。
事もなげに口にするけれど、ほんの少し言葉じりが震えているのは寒さのせいだけじゃないだろ。



身震い、ってやつ?
あるいは武者震いっつーのか。
それで治まりはしないと思うけど、俺は美音の背中をポンポンと撫でた。
そりゃ怖いよな。
今までと同じ舞台、でも。
今までとまるきり違う気持ち。



「…奏成くん。
明日…来てくれる?市民ホール」

「ア ホ か!
場所なんかとうの昔に知ってるよ!
そうじゃねえだろ誘い方!」

「あ、10時からです」

「分かってるっつーの!
応援に行きてえんだよ俺は!
お前、弾き終わったら花束持ってって舞台駆け上ってハグしてチューしてぐっちゃんぐっちゃんにしてやっからな!」



警備員さんに捕まっちゃうよ、と小さく笑う美音はやっぱりちょっと覇気が無い。
首根っこ掴まえて家まで連れ戻した方が良いんだろうか。
でもそれは美音の本意じゃないんだろうし。
本番に向けての心の整え方なんて俺はさっぱり分からないけど、ほんのちょっとでも無理はさせたくないと思った。
それは身体も、なんだけど。



「…熱とか、ねえの?美音。
寒くないのか?」

「大丈夫。マフラーあったかいし」

「そりゃ俺のあ」「カシミアって凄いね」

「……っ、」

「?…奏成くん?」



…コイツめ。
この短時間で一度ならず二度までも俺様の愛を打ち砕くとは。
温室育ちにはちょっと堪える。
ふわりと微笑む美音の蒼白い肌は真冬の空気に透き通り霞んで消えそうで、俺はしばらく目が離せなかった。






後悔先に立たず、って本当だ。
俺は美音を抱え直して、己の至らなさを呪った。



二時間目は英語の時間。
前日の予告通り、授業の最後15分を使って小テストがあった。
内宮先生は中間も期末も、その試験のほとんどを毎週金曜日の小テストから出題する。
期末試験はすぐそこ。
コンクールが終わった翌週から始まるんだ。
ボンヤリしてそうで学生の本分は忘れないんだな。
真面目な美音に感心していた。



はいやめー、後ろから前に回してー、と。
内宮先生の高い声が響いた。
どうだった?奏ちゃん、と背後から翔太の声とプリント数枚が渡される。
楽勝、と応えながら半身を捩った時だった。



美音の身体半分は俺の方を向いていて。
だから、おのずと目に入った。
伊野からプリントを受け取る美音の顔色の悪さ。
尋常じゃねーだろ、オイ。



「…っ、美音っ?!」



本当のところどうだったのかなんて分からない。
俺には超絶スローモーションに見えたけど。
俺の目の前で美音はゆっくりと前へのめり、支えを失くした操り人形のように重力にまるで逆らわず手から床へ落ちそうになる。



「わあっ?!美音!!」
「美音ちゃんっ!」



伊野と翔太の声が綺麗に重なりバックに終業のベルまで鳴り響く。
俺は、俺の身体に心底感謝した。
やるな俺。普段鍛えてもねえのによく動いた。
…なんてホッとしてる場合じゃねえだろ!