誰だよそれ、ヤツってのはヤローか。
俺の美音からガムなんてちっこいモン買いやがって。
手渡される時とかおつりもらう時とか俺の美音のあの綺麗な指に触れたり…!
…いや、待て待て待て。
ガム?美音がバイトするコンビニで?
不意に蘇る美音の声。
“ガム、買ってってくれたよ”
俺の隣の席で机に向かいヒラヒラと手指を舞わせる美音を見つめ、歯噛みした。
目の端に捕らえられる伊野はまだニタリと器用に口角を上げている。
「ハナシー、ススメテモー、イイデスカー」
「どこのニセ牧師だ。俺だそれ」
俺の言葉に直接応えない伊野は、右に左にふわふわ揺れる美音の背中を楽しそうに見つめる。
頬杖をついたまま ふふん、と鼻を鳴らし俺を横目で捕らえながら言った。
「そのガム小僧のさ、手がさ。
えらく綺麗だったって…テンション高くてねえ。
ポヤポヤボンヤリ惚けてた。美音のあんなん初めて見た」
そのガム小僧、が誰だか分かっているくせに。
俺だと認めた上で話しちゃくれないんだな。
それともアレか。
伊野はやっぱり俺のこと未だ気に入らないのか。
「…ガム小僧の正体が分かって。
いつもの美音に戻っちゃったけどね」
ガタ、と分かりやすく俺は椅子からずり落ちそうになる。
だって、伊野。
何なんだ、その爆弾。
俺はてっきりいい感じに終わる話なのかと思ってたのに。
やおら真剣味を帯びた伊野の表情にさっきまでの悪戯めいた意地悪さは見られず、俺はほんの少しその先の言葉が怖くなった。
俺だけの話じゃねーんだもん。
美音が、絡んでるから。
「…何でもすぐに諦めてた。
同じクラスになれても、隣の席になっても。
その先なんて妄想するだけでさ、望もうとはしなかった」
中学からのつき合いだっけ。
伊野はきっと、美音が何故諦めがちな性格なのか、その家庭環境までも知っているはず。
友達は、多けりゃ良いってもんでもない。
美音は良い友達を持ってんだな、と思う。
俺は壁に凭れたままチラリと翔太を盗み見た。
相変わらずフリスクをカリカリしながら雑誌なんか読んでるフリして。
お前、しっかり俺らの話 聴いてるだろ。
俺の、数少ない友達だからな。
いろいろあれこれ気にしてくれてんだろ。
「欲張ってる美音も悪くないもんだわ。
優勝する、なんてすんごい意思表明、初めてもらった」
「…まあな。何だって可愛いだろ美音」
「…マジ引くんだけど。何なの?さっきからその“美音は俺のモノだ”的発言。
まだアンタのモノじゃないでしょーが。
知ってるわよ、清いおつき合いでしょーが!」
「…まだ、な。 ま・だ!」
「ふん、うかうかしてると足元さらわれるわよー!
優勝なんてマジしちゃった日にゃあ一躍有名人だろうし、美音 可愛いから話題性あんじゃん」
「ふん、うかうかする前に足元固めてあっからなー!
俺様は美音の後援会長様でもあんだよ!
取材もサインも握手一つも俺を通してからだ!」
奏ちゃんガキみてえ、と翔太がクツクツ笑う。
分かってるよ、俺だって。
でも改めて指摘されたら怖くなって焦んだよ。
