クラシック

「バ、…ッカじゃねえの?
んな卑下した言い方してんなよ!
あ!お前それ“好きになってくれて”の前に“私なんか”とか付くんじゃねえだろな?」

「え?!や、うーん、と。つかな」

「ああ、付くんだな?よっし、ベロチューな!こっち向け」



居並ぶ美音を肘で小突いて、ゆるりと逃げようとする小さな身体を捕まえる。
この、横に並んだ格好がベロチューに持っていくにはややこしい。
いや、そもそもやらしい目的でこんな姿勢とってた訳じゃねえんだけどな。



いつだって何かに理由をかこつけて。
触れていたいと思っているのは、きっと一方的に俺だ。
身体の内側、奥底の方からとめどなく湧き上がる熱は俺を焼き切ってしまいそうで持て余すけれど。
それでもその全部を美音にぶつけたら、こんなちっこい美音はきっと簡単に壊れてしまうから、それくらいには自制してんのよ、俺も。



「えええー…怒られる、こんなとこで怒られる!
ピアノの神様から怒られるって!奏成くん!」

「いやむしろここは祝福だろ」

「そ、んなキリッと…!
いや、ほら、ば…罰当たったら優勝できなくなっちゃうよ!」

「チ、ズルいな美音!んな必殺技!」



そう言われたら何も出来なくなっちゃうじゃんか。
ホッとしたみてえに息吐いてんじゃねえよ。
傷つくだろ、地味に。
くっそ、せめてドキドキさせてやる。
抱きしめて左耳で囁いてやる、右脳直撃だからな。



「…ありがとうね、じゃ。
ねえっつーの、バカ美音」



ありがとうね、なんて。
こっちのセリフだっつーの。
今日だってこんだけ俺の妄想につき合わせてるだろーが。
ふっわふわのニッコニコでお前、何でもやってくれちゃってるけど。



…いいんだぞ、断っても。
とか言いながら全力で受け付けないけどね。
どんだけ我儘だ、俺。



それにさ、美音。
俺、お前にちゃんと言ったことあるっけ?
ありがとな、っていっつも感謝してんのはむしろ俺の方。



「…じゃあ。

好きにならせてくれてありがとう、だ」

「…え、と」

「知らなかった世界をありがとう。
知らなかった気持ちをありがとう。
美音は俺に、新しい俺をくれる」



そんなの、と言って美音はコクリと息をのむ。
私もだよ、と漏れ聞こえた掠れる声に俺の方が翻弄されそうだ。



「じゃあ、もう、俺のこと。
手離せねえだろ?ずっと一緒な?」

「…私は…離さない、けど」

「けど、何だよ?
俺が手離すとかネガティブ発言しやがったらソッコーで市役所連れてくぞ」

「…市役所?」

「婉曲表現に強くなれよ美音!
いちいち解説してたら面白みねえだろ!
結婚すんぞ、ってことだろがバカ!」



奏成くん16歳、と言いかけた美音に頭突きする。
わぁーかってるよ!んなこと!
ガキ扱いすんじゃねえ!



「例えだろうが!モノの例え!」



ああ!なんて目 剥いてんなよ。
ごめんなさい、なんて綺麗に笑ってんなよ。
何だお前、その余裕!
俺の顔のがよほど紅くて何だかやけにムカついて。
カッと上がる体温はまた俺の内側から何かを迸らせようとする。



…あああ もう!
押し倒してえな、マジで!
いや、ジェントル奏成(良い響きじゃねえか)としては全力で抗うけどね?!
ほら、そんな不埒なことを致しても赦してもらえるような理由もないしね?!
そりゃあ、クリスマスだけどさ、今日は。
“聖”の字、違っちゃ駄目だろ?



…なーんて俺の煩悩を。
これっぽっちも分かってねえんだろ?この小悪魔美少女は。
安心しきったふんわり感で俺の肩口にデコ寄せてんじゃねえよ、まったく。



コンクール、の日は。
特別な日、になる、きっと。
その時はガッツリ食ってやるからな。
って欲に縋ってその日まで我慢できるかもしれないと思える俺って意外と肉食系なんじゃん。



「凄いね、奏成くん」

「…何がよ?」

「そんなに綺麗な“ありがとう”って。
私、初めて言われたわ」