クラシック

俺の右手より低音部で美音の両手が作り出す伴奏の方がよほどキラキラしい。
でもちょっと悲しい。
美音、そこんとこ分かってる?



「美音ー、左手だけで弾いて?」

「え?あ、うるさかった?つられちゃう?ごめんね」

「違ぇよ。
なんか俺 独りで弾いてんのと変わんない」



手を止め瞠目して俺を見上げる美音の視線があんまり強くて真っ直ぐなもんだから。
俺はそんなに奇妙なことを口走ったかと萎えそうになった。



そりゃあさ。
連弾でもねえよ。
教えてくれ、っつったのは俺だし、一緒に弾きたい、っつー誘い文句ではなかった。



…なかったんだけどさ。
たまには、見てみたいと思うじゃんか。
すぐ傍で、同じ目線で。
美音の細い指が、ちっこい身体が、生み出し創り上げていく音の世界。
俺だけに星 降らせてくれるんじゃなくてさ。



そういうの、眼力だけで訴えられたらいいのに。
いくら感受性豊かだと評されたところで、それが表現力に直結する訳じゃない。
もどかしくて、思わず止めた俺の右手に美音の指がツイ、と伸びてきた。



「…ごめんね?
奏成くんは右手、私が左手」

「…美音?」

「人生で初めての共同作業です」

「…ウェディングケーキ入刀か、バカ」



ふんわりと微笑まれれば俺のちょっとした不機嫌さなんて一瞬で消し飛ぶんだ。



…単純明快、俺って。
ちょっと前まではきっと似つかわしくなかったそんな四文字熟語がチラ、と過る。
突きぬける夏の爽やか青空 青春甲子園、みたいじゃん。
…いや、今、真冬だけどね。
クリスマスだけどね、今日。



右手分、半身が近づいた美音の熱に俺の思考はあちこち彷徨う。
ありがとうね、と耳に届いた甘い囁きを聞き逃しそうになって慌てた。



「何が…ん?何に?何だよ、急に」



僅かに見下ろした先の美音は ふふ、と肩を小さく竦める。
何だよ、本当に。
慌てた俺の物言いが可笑しかったのか、それとも。
誘ってんの?お前。
右半身、ほぼ俺にくっついてんじゃん。
無意識、怖ぇーな!
これ、俺の左手、いっそ美音の左肩へ回すべきなのか?
俺の腕の中に閉じ込めるような格好に…いや、閉じ込めたいのはやまやまなんだけど。
どうしろって言うの?



「…信じられない。
奏成くんの右手と、並んでる」

「はぁ?ちょ、美音…ありがとうね、と全然繋がんねーだろ」

「………」

「えー?!黙りこまれる理由も分かんねえよ!」



美音の言動は時々ズレてんな、と思うことがある。
それでも思い通りにいくように、なんて願ったことはないんだけどさ。
むしろ俺様の斜め上をふんわり舞っていく愛らしさを捕まえて、ワッシャワシャに撫でくり倒して可愛がりたくて仕方ないんだ、いつだって。



「…好きに、なってくれて。

ありがとう、ね」



それでもコイツはいとも容易く、一瞬で俺の心臓をギュッと鷲掴みにしていく。
痛いくらいに。
それが心地好いと、勘違いしてしまうくらいに。
ズルいだろ、美音。
お前は本当に、どんだけテクニシャンなんだ。
だからもう俺は、無駄な饒舌で一生懸命照れを隠すことしかできねーんだよ。