階段を上りながらふと思う。
俺がいない間の美音って、どんなんだろう。
俺の前でだけ、美音が無理して自身を飾っているとは思わない。
重いネコも被ってねえだろ。
…あぐらかいて煙草吸ってたらビビんな。
チ、恥ずかしいことばっかさせやがってこんちくしょう、って悪態吐いてたりとか。
いやマジありえねえ似合わねえ。
俺って結構 妄想力逞しい。
こみ上げる笑いに口元を苦々しく歪ませながら、それでも音を立てないようドアに手をかけた自分が矛盾だらけだ。
細く開いた隙間に現れた美音は、少し斜め上をぼんやり見つめていた。
ローテーブルへ姿勢良く向かい、色の濃いタイツの脚を横座りで流している。
ティーカップの縁を撫でていたかと思うと、その華奢な白い指はテーブルの上の空いたスペースを叩き始めた。
(…ピアノ…?)
何かにイライラしてんのかと思って。
いや、らしくねえな、と思い直して。
ああ、ピアノなのかと思い当たった。
トントン、と細い指は思うより力強い音を鳴らし続け、片手だけだった動きは終いには両手が揃う。
鍵盤は、そこに無い。
見慣れた俺の部屋の、見慣れたテーブルだ。
……そう、なんだけど。
(…すっげえな、本当に…)
美音の傍にいつもピアノはあるんだな。
嫉妬するのはおかしな話なんだ。
俺の方が横入りしたんだから。
それでも、美音の内なる世界を円グラフで表したら俺はきっと圧倒的にピアノが占める割合に負けている。
ため息一つ。
そうっと閉めたドアを俺はまた音を立てて部屋へと一歩を踏み入れた。
向かい合っていたのが本物のピアノじゃなかったせいか、美音は俺の気配に気づくと顔を上げニコリと微笑む。
…だよなあ。
本物だったら喋りかけても気づかないもんな。
「美音、ピアノ弾きたい?」
「?ううん、今日は…」
言いながら美音は自身の手元へ視線を落とし、ああこれか、と気まずそうにグーとパーを繰り返し作った。
「…癖、というか…。
ごめんね、弾きたいというアピールじゃないの」
「また。
謝んな、無理させてんのは俺」
「無理じゃない。無理してないよ?
嫌でもないし」
まだまだたくさん、あると言ったのは俺だ。
してみたいこと。美音にとっては恥ずかしいこと。
だからそんな“次は何するの?”みたいに微笑まれると、ちょっと罪悪感が募るんだけど。
俺、言ってねえよな。
何のためにこれやるのか、なんて。
コンクールまで美音に構ってもらえないであろう虚しさを埋めるためのストック。
今のうちからたんまり欲しいだなんて、俺の我儘とガキっぽさ以外の何物でもない。
どうせそのうち足りなくなったとゴネるに決まってる。
「んじゃあ、次はコレ。
ピアノの時間はもちっと後でな?」
素直に頷きながらコレ、は何なのか確かめようとする黒く大きな瞳は優しい。
手渡した小さな紙袋を覗き込んだ途端、くるりと変わった嬉しそうな表情も見てて飽きないな。
「CD!出来たんだ?」
「そ。コレを聴くわけ。2人の世界で」
「ふ…?!」
2人の世界にひっかかった?
だろうなあ、いや普通に部屋中へ音を響き渡らせるのもいいんだけどね。
もっと狭い狭い世界で、美音の想いに浸りたいワケ。
なんつったって、俺のための選曲であり演奏であり、作曲なんだから。
