クラシック

「…なんで、泣く?」

「…た、…」

「た?」

「…っ、楽し…いっ?か、からかっ…て…っ」



からかってなんかない。
そう言って相川へ一歩踏み出した。
途端に俺から目を逸らしピクリと揺れる小さな身体。
ズクズクと胸に蠢く衝動の原因を。



俺はもう、とっくに知っているのかもしれない。
認めたくないだけかもしれない。
他人へは無関心。
俺のデフォルトはそれだと思ってたんだから。



フルフルとかぶりを振る相川をじっと見つめていた。
一方的に。
…目を逸らされているからな。
涙がポタリとまたこぼれ落ちる。



泣かないでほしい、と。
そう思うのは、何故だろう。
笑っていた方が、と。
そう思うのは、何故だろう。



「…お、かしい…っ…す、好き…ない、のに」



好きでもないのに?
好きじゃないのに?
どっちだった?よく聞こえなかった。
いずれにしてもおかしいと相川は言う。
そうしてぐすん、と鼻を啜る。



「おかしくないだろ、別に」



おかしくないことにしたい。
つき合うことを納得させたい。
気づけよ、相川。
俺はうっすら気づいてる。



全くもって自分勝手。
自己チューもいいとこだ。
相川の気持ちを無視して逃れようのない状況へ追い込もうとしてるんだから。



「俺はもう、相川を。
ただ隣の席に座ってるだけの女だとは思えないからな」

「…は?」

「そういうことだから。帰んぞ」



腕は痛がられたからな。
…手、か?
お前、鼻水拭くなよ。
握ろうとした矢先に。



「…っ、ちょっと…あの、意味が」

「はいはい、却下」

「…え、そ、そんな人、だった…?」

「そう、こんな人だった」



呆然と俺を見上げる相川の表情の強張りがちょっとだけ和らいでる気がする。
ぽかりと開いた口元が楽しい。
俺はポケットから取り出したハンカチを相川の顔へ押し付けた。





「…ここ…?」

「俺ん家」



表札見なかったのか、相川。
またヒ、って聞こえたけど。
お前の感情表現、時々おかしくないか?
そんなキョロキョロしてると転ぶぞ。



「あっ?!わっ!」

「あーあ、もう」



やっぱりな。
親父の趣味で超日本庭園風に造り上げられている門扉から玄関までの数メートルは、敷かれた砂利と飛び石との段差に躓く者続出なんだ。
特にハイヒールの女性陣から不評を買っている。
俺は想定内とばかり片腕で相川を抱え込んだ。



「あのっ、ありが、と相澤く…」

「お前、どこもかしこもやわやわしてんな」

「はっ?!え?!」



面白い。
俺の一挙一動一言で相川の表情がコロコロと変わる。
そこに嫌悪が感じられないから俺は調子にのってしまうんだ。
手を離し解放してやれば、真っ赤な頬を両手で覆い唇を奇妙な形に波打たせている。
何だ、それ。
無駄に重い玄関の扉を開けると、かなー?とお袋の頓狂な声がリビングから聞こえてきた。



「サボリ?珍し…」



お袋の目は見開かれたまま俺を見、背後の相川を見、そして俺へ戻ってきた。



「…本物?」

「どういう意味だ」

「わが子?」

「老眼には早ぇだろ」

「ああその口の悪さは間違いなく奏だわ」



お袋は来客用のフカフカしたスリッパを相川へ向けて揃え置くと、親父と似たようなニヤリ顔で俺の背を覗き込んだ。



「あっ、あ、の…同じクラスの…相川 美音です」



急にお邪魔して申し訳ありません、と。
至極真っ当な挨拶を丁寧に繰り出すその自然さは昨日今日身についたものじゃない。
父親がいない、と言っていたけれど厳しく清く正しく育てられてきたんだろう。



…それにしても。
同じクラスの、って何だ。
いや、間違っちゃいないが。



「クラスメイト?」

「…で、彼女」

「い、いえいえあのっ!それはちょっと違っ…」

「ええっ?!やっと?!ちょっと!安心したわ!
最近流行りのボーイズラブとかさすがにお母さん覚悟が足りないわと思ってたのよ!
コーヒー?紅茶?お茶?ジュース?何がいい?美音ちゃん!」

「…ま、上がれよ」



テンションが高くなったお袋は人の話なんか聞いちゃいないから。
クリクリの瞳を困惑気味に揺らしながら俺とお袋を交互に見遣る相川をリビングへと促した。