彼からつくりだされるモノ全てに心が震える。

言葉にできない程に。


彼の描く画は、綺麗で、儚くて、とても優しい。


私は例え、何百何千の画の中から
彼の描いた画を見つけ出せる自信がある。


それを彼に言えば、優しく笑って
”君になら、わかるかもね?”なんて言うのだ。


そうしてまた白いキャンパスに筆を走らせ、

私は彼のその画に心を震わせる。


そして、時に彼の描く全てが堪らなく憎くなるのだ。


___パタン

ドアを開ければ、絵具の匂いがする。

その中でひたすらにキャンパスと向かい合う彼。


その横顔をどれくらい見ていただろうか。

彼はコトンっと筆を置いた。

そして、私の方へ顔を向けた。


「お茶にしよっか」

そう言って微笑むと立ち上がった。



コーヒーカップ片手に私は
今しがた彼が描いていた画を見る。


「...先生はやっぱり、すごいですね」

そう呟けば、彼は

「.....すごくなんてないよ」

そう言って儚げに微笑んだ。


「僕は君の描く画が好きだけどな...」

彼は私の描いた画を見つけ出すと
それを、ゆっくりと取りだし見つめる。

その目はひどく優しい。


「先生って、優しいですよね」


「.....どうしてそう思うの?」


私の画から私へと彼の視線が動く。


「先生も、先生の画からも伝わるからです」


「.....そんなことないよ。
僕はずるくて、ひどい奴なんだ。」


そう言ってまた私の画を見るとそっと
置いて、自身の机へと足を進める。

そして、引き出しをそっと開けると
一枚の紙を取り出した。


「....君には僕がこんなふうに写っているのかな?」

そう言って出した紙は、二年前、私が高校一年の頃に、無意識のうちに描いていた彼の画だった。

でも渡すなんてことはできるはずもなく。

ゴミ箱へといれたものだった。


「......なんでそれを」

「....さぁ、なんでだろうね」

そう言って微笑むと、壊れ物を
扱うかのようにその画に触れる。

「...この画を見つけたとき、
すぐに君のだってわかった」

「........」


「...すごく、嬉しかった。
君の目には僕がこう写ってるのかなって」

私は恥ずかしくて彼の顔が見れず俯いた。


「.....そんな前の画なんて捨ててくださいよ」

「やだよ」

すぐさま拒否される。

「じゃあ私が勝手に捨てます」

「そんなことしたら怒るよ」

「...もっとちゃんと描くんで、それは」

「ううん、これが欲しいんだ。」

「....先生って頑固」

私が拗ねてそう言えば、

「そうみたい」

そう言って彼は微笑む。


「先生は怒るとこわそうですね」

ふとそう思って言ってみる。

「....どうかな?」

「...普段優しい分、こわそうです」

そう言えば、彼はクスクスと笑った。

「.....大丈夫だよ、君には怒ったりしないから」

そう言って私の頭を優しく撫でた。


"君には"そんな彼の言葉に何か特別であるような
錯覚を起こしてしまいそうになる。

「....ずるい」


__私が呟いた言葉は彼に届いていただろうか


彼は "どうかしたの?" とでもいうように首を傾げた。


「...じゃあ、先生も私の画を書いてくださいよ」

そう言って彼を見上げれば、
困ったように微笑んでいて


「.......それは無理だなぁ」と言った


彼が描いてはくれないことなんて、解っていた。

彼が人物画を描いているのを私は
一度だって見たことがなかったから。


「.....冗談ですよ、先生。
そんな困った顔しないでください...」

私がそう諦めたように言えば、

「.....ごめんね」

彼はまた悲しそうに微笑んだ。


「......いいんです、先生の画をこうして
間近で眺められるだけで....幸せですから」


「....君だけだよ、そんなこと言ってくれるのは」


そして、小さいけれど確かに聞こえた

""ありがとう"" という彼の声。


「.....私は先生の画が好きです。」

「....うん」

「.....先生の描く全てが好きです。」

「....うん」

私の一言一言に優しく相槌を打ってくれる彼。


「....先生が、好きです。」


目頭が熱くなっていくのがわかった。

でも、私が泣けば、きっとまた
彼は困ったように笑うから。

我慢しようと思った。


「...ありがとう 」


__なのに、先に床を濡らしたのは彼の方だった。


綺麗な涙だった。

彼はひどく綺麗で、儚く、優しい表情で。


私は溜まらず泣いていた。


「.....先生、ありがとう」


そう言って私は背を向けてドアを開けた。

先生の視線を背負いながら。


廊下は冷たくて、熱をもった頬を冷めた風が撫でる。




____

______



次に美術室へ行くと彼の姿はなかった。

その代わりに、そこには一枚の画と紙があった。


紙を見る、そこには宛名も送り主の名も書いていない



『 _大切な君へ この画を君へ贈ります。
きっと僕にとって、最後の描くものです。
素敵な画をありがとう。僕のたからものです。
_ずるい僕より』


そんな言葉が綴られていた。


そして、一枚の画を見る。


そこにはとても優しく微笑む私がいた。


「......私、こんなふうに優しく笑うかな?」




そして、右下にはその画の題であろう文字。

綺麗だけど少し癖のある右上がりの字、先生の字。






『 最愛のひと 』


*end*