朝。
 玄関を出ると門の前に緋色がいた。

「あ、お、おはようっ。あの。どうしたの」

 朝に迎えに来てくれる事は以前にも何回かあったけれど。
 風邪をひいた病み上がりの時とか、骨折した時とかだけだった気がする。

 どうしたの、とは聞いたけれども。答えはすぐに、わかったけれど。

「…何でもないさ、一緒に行こうと思っただけさね」

 緋色も何も言わなかったけれど、私が元気か心配してくれたんだね。
 王子様。こんなに優しい男の子が目の前にいるのに、それでも私の心は。

「…恋してるんだなって、思った、私」

 とぼとぼ通学路を歩きながら。
 下を向いて歩道の白い線を踏みながら、ぽつりつぶやいた。
 車道側を歩いていた緋色が一瞬こちらを見たような気がしたけれど、すぐに前を向いたようで。

「そうさね。…いっぱい悩んだらいいさ」

 それはまるで自分にも言っているみたいに。

「緋色も、…いっぱい悩んだ?」

 顔を上げて問えばちらり目が合い。

「セレンは学校で緑に会えるからそう考えなくてもいいのかもしれんさね。会ってる間は少なくとも相手の事を考えないですむもんさ。…だっけ、月に何度かしか会えない相手なんて、好きになるもんじゃないさね。四六時中暇さえあればその子の事しか考えられなくなって、自分の脳内で勝手に美化して、ああ好きだ、昨日より今日の方が好きだ、なんて自分で錯覚を起こし始めるんさ」

 説明をしてるはずの緋色の声が、少し細くなったように聞こえた。

「…ようやく会えたその一回の時には、もう、一体何喋ったらいいのか何もわからんもんさ。結局何も言えずに帰って来て、また何日も何日も、その子の事を考え続ける」

 ただ黙って声に耳を傾ける。
 緋色も前を向いたまま淡々と、自分の何かを確認するように続ける。

「俺はもしかしたら自分の想像のゆきを好きなのかもしれんさね。会わない間に美化された、その想像の部分。…なんて思って会うと。…会うとその想像のゆきよりも何倍も愛おしく見えて、…そういうのは、好きっていう感情で合ってるっけか。…なんさ、会わなすぎてもう何だかわからんくなってきたさね。自分の意思とは無関係に勝手に気持ちだけが大きくなる。…迷惑さね」

 緋色の恋は、私が知ってる恋よりも。
 とても大きく大人な、でもとても切ない、そんな物だと、思った。