頬を押さえながら歩く帰り道。
 隣にはそれを心配そうに見つめる、恋人の彼。

 土手沿い歩く道はもう薄暗く、他にすれ違う人もほとんどいないような光景だった。

「…悪かったさね、俺のせいで」

 言いながら私の頭にぽんっと手を置いた。
 そのまま首を横に震わせると、私の外ハネぼぶの髪がゆらりゆらりと揺れた。

「気持ちはすごく、わかるんだ。やっぱり、好きな人に答えてもらえないのって、寂しい」

 小さく伝えて目を伏せた。

「…そうさね」

 答える彼もまた、私の頭に手を乗せたまま一緒に目を伏せた。


 ひとつ年上の彼の名前は井波緋色(いなみひいろ)という。
 見た目は上の上の上、誰が見ても王子様。その見た目のせいでいつも女の子に告白され続けて、もうそんな事にうんざりしていた。試しに付き合ったところで言われる定番の台詞は「井波君思ってたのと違う」。いつも見た目だけを評価されて、中身を見てくれる女の子なんかには出会ったことがないと嘆いていた。
 そのせいか、よく自暴自棄になって暴れて。
 どこかのストリートファイトなるものに出掛けては傷だらけで帰って来た。

「…次呼び出されたら俺に教えてくれると嬉しいさ。セレンが行くのはもう危ないさ」

 どこの方言なのか、独特ななまりをした緋色の言葉は、いつも温かく。

「うん。…でも、きっと私を呼ぶんだから私に話があるんだと思うし、平気。ひっぱたかれるくらい、全然大丈夫。私を叩いたその子の手の方が、きっとよっぽど痛かったよ。その子の心の方がきっと、…もっともっと、痛かったよ」

 言った私の中に、まるでその子の感情が流れ込んでくるみたいに涙が込み上げた。
 頭の上置かれたままだった緋色の手が優しく撫でる。

「セレンはいい子すぎるんさ。…恋人のふりなんかさせて、すまんさね。でもそのお陰で、傷付きに来る子は少なく済んでる。ありがとうさね」

 恋人のふり。

 もう一年以上もこうして、私達は二人で一緒に帰っていた。