「――あっかんべー花、ねえ」
 いつの間にか小さい時の懐かしい思い出を思い出してしまっていたようだ。
 足元の小さな白い花を見てそう思う。
 少し輝きが淡くなったローファーでその花をつんつんと突っつくとそれとともにか弱い花は大きく揺れた。
 「本当はなんていうんだろこの花」
 深く考えようとしたがやめた。早くいかないと遅刻をしてしまう。
 私は半袖の袖をさらに捲し上げて肩まで上げるとふうと深呼吸をした。
 「急がなきゃ」
 持っていたカバンを肩にかけなおすと私はありったけの全力疾走でその場を駆け抜けた。
 迫りくる風は私の顔を通り一つに束ねあげた髪を撫で上げていく。
 暑さのせいか走っているせいか汗がいつの間にか湧き出てきていた。けれどそれを手で拭うだけにして息を切らせながらそのまま走っていく。
 やはり夏に全力疾走というものは気持ちがいい。
 何よりも暑い自分の体を冷たい風が冷やしてくれる。
 それに、
 ――さっきみたいな思い出も忘れさせてくれる。
 木の葉が揺れ、どこからか聞こえる鳥の声がだんだんと遠ざかっていっていた。
 なんでいきなり思い出したんだろうか、もう何年も思い出していなかったというのに。
 息を切らせながら、すっきりした思考の中で考える。しかし生まれてくるのはまったくもってすっきりせずうじうじと湧き出る感情ばかり。
 はあとため息をつき遅くなったスピードを上げた。
 道にはところどころ同じ制服の子がのんびりと歩いているようだった。
 傍目にそれを見てもう走らなくても間に合うとわかる。
 わかっているのだが私は上げた速度を下げることはしなかった。
 ――こんな思い出また前みたいに思い出せなくなってしまえばいい。
 そんな思いで私は馬鹿みたいに校門まで突っ走った。