今治駅に、慎平は、一度だけ来たことがあった。




中学卒業まで今治市に住んでいたにも関わらず、一度しか来たことがないのもどうかとは思うが、都会と違って、中学生の移動手段は、専ら自転車なのだ。




高校になって、部活の練習試合で初めて電車に乗ったとメールしてきた奴もいるくらいで、慎平も卒業旅行で初めて電車に乗った。




「前にいる人と同じようにすればいい」と母親から聞かされていたが、切符をどう買えばいいのかも、2番線へはどう行けばいいのかも、改札に入る時に切符が戻ってくることも、改札を出るときに切符が出てこなくて、改札のお尻の方をじーっと見て、慎平の後ろに行列ができたことも、今ではいい思い出だ。




今では、それがすべてわかる。片道360円の切符を改札に通しても、慎平の後ろには行列はできない。




改札を出て、駅を出て、学習塾の看板とほぼ同時に、ロータリーが視界に入る。そして、スマホでLINEが来ていないとわかると、慎平は、そのまま右へ歩き、喫煙所で煙草に火をつけた。




煙を吐いて、果たしてそれが煙草の煙なのか、息が白いだけなのかわからなかった。吐いても、吐いても煙が出てきて、煙と白い息の境界線が曖昧になる。小学生の頃は、木の枝を加えて、煙草を吸う真似なんてしていたけど、まさか、20年経ってから自分が吸うことになるなんて、幼き頃の慎平は、考えもしなかった。




慎平のすぐ後から、アクセサリーをジャラジャラ付けて、金髪の右側の前髪が目を覆い隠し、トップは、稲のように立っている男が、肩で風を切りながら歩いてくる。いかにも、田舎のヤンキーという風貌である。




その田舎のヤンキーに絡まれたらどうしようか、慎平の頭は、そればかりだったが、そのヤンキーは、慎平を一瞥したが、柱にもたれて、煙草を取り出し、カチッカチッとライターを鳴らした。




その音を背中で聞きながら、慎平は、安心して、夜空の星を目がけて煙を吐いた。煙は、煙突のように風に身を任せながら、流れていく。