次の日の夜。約束どおり、彼と電話をした。
開口一番、「怒ってる?」
やっぱりね。友達には最低の男だとまでいわれたけど、彼は今どきタバコもギャンブルも一切しない、不誠実が大嫌いな男だ。別れた彼女と寝たことを、私よりずっと後悔しているはずだった。
「別に怒ってないよ。わたしはまだ好きだから」
直接言えないことも電話では話すことができた。
突然すぎるふられ方で納得がいかないこと、やっぱりまだ好きだと思うこと、他の男をすきになろうとしてみたけど全然ピンと来なかったこと。
そしてつい、聞いてしまった。
「ねぇどうして私と会ってくれたの?」
「特に用事がなかったから」
「じゃあなんで、ホテルに行ったの?」
「ひさしぶりに会ったら、やっぱりふみちゃんといると落ち着くしかわいいなって思って……でも、ホテルに行ったのは、ごめんね」

付き合ってる頃から私の名前をほとんど呼んでくれなくて、すねたこともあったのに。
別れた後にそんな風に優しくしないでよ。謝んないでよ。やっぱり好きだったって少しでも思ってよ。

「落ち着くしかわいいなって、彼女ってそれだけじゃだめなの?」そう聞くと、彼は「うーーん」と黙ってしまった。電話の向こうであの困った顔をしているんだろう。
少し間を置いて彼は口をひらいた
「今週の日曜日、あいてる?」
「空いてるけど」
「もう一度会って、話そう。」

付き合う時もそうだった。何度もデートしてるのになかなか告白してくれなくて、もうだめかと思った。彼は大事なことは即決せずによく考えてから決める。
けど、1年半も付き合ってればだいたいの思考は読めるようになってくる。
答えなんてあってないようなもの。

わたしはもう一度ふられる準備を始めた。

その週は深夜にラーメンを食べるなんてもってのほか、すべての食事がすぐにお腹いっぱいになった。
恋をすると、お腹が減らなくなる。どっかの誰かが研究していたら、確実な実験データがとれるだろうとわたしは思った。

そして、日曜日。
待ち合わせたのは新橋駅に17時。
夕飯には早く、お互いにお腹も減っていないためなかなか店が決まらない。一軒目は、ガヤガヤしすぎていて、どう考えてもこれから始まる私たちの話には不向きだった。
近くの系列店ならすいてるということで、案内してもらう。
九州料理専門店。
季節メニューのゴマサバと、彼はビール、わたしはマンゴーのお酒を頼む。
静かに乾杯をして、とりあえず鯖をつまんだ。
私から話すことはもうなく、彼が答えを切り出すのを待つばかり。テキトーな会話はしたが、テキトーすぎてなにを話したかはまるで覚えていない。
そして沈黙。
。。。
「あれから1週間考えたけど」
あ、きた。
「率直にいうと、戻る気はない。」

やっぱりね。私の正解。予想通りの答えがそこにあった。

「そうだと思ったよ。」
下を向きながら、思わず情けない笑顔になってしまう。

「俺のことは、忘れた方がいい。」
なにをそんな、他人事みたいに。
「そんな簡単に忘れられたら、苦労しないよ……」

今更なにいったってしょうがないのに、つい未練たらたらなセリフを言ってしまった

鯖はまだ皿に残っているし、流れる空気は重く肩にのしかかる。
店の有線からひびくポップな懐メロだけが、ばかみたいに私の耳から耳へ抜けていく。

そのとき、わたしは笑顔でこう聞いていた
「ねぇ、カラオケ行かない?」
「え……?いいけど」

カラオケはふたりの共通の趣味だった。といっても彼の歌は聞いてられるものではなく、信じられないほどの音痴だったが、私の耳はいつしか慣れ、それをかわいいとさえ思っていた。

ふたりの最後の楽しい時間。悲しく暗い顔でバイバイするよりずっといいと思ったのだ。

彼には申し訳ないが、わたしは2時間失恋ソングしか歌わなかった。彼への思いをaikoやミスチルやモー娘。に託し、思いの限り歌ってやった。
彼はといえばわたしが聞かないバンドミュージックばかり歌って、女の趣味も変わったのかななんて思ったりもした。
彼の音痴を茶化しつつ、和やかな空気で2時間が過ぎた

まだ外は明るい時間。
だけどもう彼と共有するべき時間は、ない。

清々しい気持ちで駅まで歩き、
地下鉄とJRの分かれ道で
ひとこと「じゃ。」
また明日も会うみたいにサラッと彼に背を向け私は改札をくぐった。

電車に乗り、一息ついたところでLINEで最後のお礼を言う。
「会って話してくれてありがとうね!ばいばい!」
めずらしい、すぐ既読になった。
「今までありがとう。
ふみちゃんはいい子だから今はそんなかんじじゃなくても、絶対いい人見つかるよ!ばいばい」
なんだそれ。他人事みたいに。
あんたに言われなくたって、あんたよりいい人くらい見つけてやるわよ。

日付を見ると、その日はちょうど最初にふられた日から2ヶ月経っていた。
季節はもう春になろうとしている

Fin.