古本屋での小さな小さな些細な恋

家と同じでいくぶんか古びた外装の小さな古書店。
 いつもは目も向けずに通り過ぎ去るところだが今日は少しだけその軒先に目をむけた。なんだかどことなくいつもとは違うように感じたからだった。
 いつもと違う原因はすぐに見つかった。
 軒先の本をいつくしむように見つめ時々手を取り丁寧に本を開く少女の姿がそこにはあったのだ。こんなところに客なんて珍しいななんてその時はそう思うだけだったが、やがてその考えは薄れていった。
 下した黒髪から時折覗くその綺麗な鼻筋、白い肌。
 一ページ一ページ項をめくるたびに動いていく細くやわらかなそうな指。
 白い肌をより主張するかのように赤く伸びる薄い唇。
 俺は思わず声を失った。
 それとともに来る心臓を握りしめたかのような圧迫感。
 全身の血が勢いよく駆け巡ったかのように体は熱くなっていく。鼓動は早まるばかりだ。
 しかし体が熱をどんどんともっていく代わりに頭だけは冷静になっていく。
 これは恋なんかじゃない。これは一目ぼれなんかじゃない。
 言い聞かせるように反芻するもどうしても足を踏み出せない。
 だってそうじゃないか。
 たとえこれが恋なんだとしたら、これが一目ぼれなんだとしたら俺はどうしたらいい。
 ただの古本屋の客で二度と会わないようなそんな相手に恋に落ちるだなんて、どうしようもないじゃないか。また逢う確率なんてほんの数ミリもないだろう。
 これは恋なんかじゃない。
 そうだ、恋なんかじゃないんだ。早まり続けるこの鼓動も散々働かされて少し疲れているんだろう。
 これは一目ぼれなんかじゃない。
 そうだ、目が離せないなんてクラスメートのドジな女子なんかいっつも目が離せないなんて言っているじゃないか、それと同じだ。
 これは……一目惚れなんかじゃ……。
 その時ふと風が吹いた。
 彼女の髪が揺れる。
 持っていた本のページが勢いよくめくれた。
 少しあわてたようにそれを元に戻す彼女。
 そして、揺らされていた髪をその綺麗な艶やかな髪を手で大きく左に分けた。
 後れ毛が彼女の白い首元にかかる。
 彼女のとぎれとぎれに見えていた顔がそのおかげで綺麗に見えるようになった。
 長い睫も、少しその白い肌に乗るそばかすも、きれいな曲線を描く首筋も。
 ――――。
 これは、

 これは。


 ――どうやら認めるしかないようだ。