「何してんの?」


後ろから聞こえた少し低い声に、私は大袈裟に反応する。

驚いて立ち上がったせいで、机に頭をぶつけた。


「…いや、ほんとに何してんの」

「う、あ、ごめ…」

「何?聞こえない」


同じクラスの菅原 優くんは、ちょっと怖い。

栗色の髪に着崩した制服。
喧嘩で怪我した頬。
名前とは正反対の見た目が苦手だった。

ちょっと、怖い。




「高橋、」

「あっ、は、はいっ!」

「もしかして眼鏡探してた?」


そこにあったんだけど、と続ける菅原くん。
その低い声を遮るように彼の手にあった私の眼鏡を取った。

触れた指先から伝わった熱が自分の顔にまで伝う。


「ご、ごめんね…」

「もう落とすなよ、そんな目ぇ悪いなら」

「う…ごめん…」

「…お前ごめんしか言えねぇの?」

「ごっ、ごめ…、!」


再び出てきそうになった言葉を口ごと抑えて下を向く私。
はぁ、と呆れたような菅原くんの溜息が聞こえた。

あぁ、やだな、目付けられたかな。
怒られるのかな、殴られるのかな。

不安と恐怖が頭の中でぐるぐると回り、じんわりと目元が熱くなってきた。

どうしよう、泣きそうだ。





「……悪い、怒ってるんじゃなくてさ、」


少し焦ったような彼の声。

涙目になる私のことなんか構わずに、大きな手が私の髪を乱す。


顔を上げると、黒い瞳と目が合った。



「ありがとう、とか…言ってほしいんだけど…」




ぐしゃり。

崩された髪の毛から手が離れる。

呆然と菅原くんを見つめた。
だけど菅原くんはもう私を見ていなかった。
見てたのは、窓の外。


綺麗なオレンジ色の夕日が教室に差し込まれる。
菅原くんの黒い瞳に写りこんだそのオレンジは、とても綺麗で

思わず息をするのを忘れていた。


彼は窓の外を見つめたまま、




「きれいだな」



そう小さく呟くと、私の存在を忘れているかのように空を見つめていた。



その時私の瞳に写った彼の横顔と、たった5文字のその言葉に



恋に落ちた。