家を出てバスに乗っている間、心の中はバレンタインというキーワードが引っかかったままだった。
いやいや、あげるつもりはないんだってば。
振り払うように頭を振る。
今日まで必死に考えないようにして来たんだから。
「今日チョコ持って来たー!」
「あたしもー!矢沢君、受け取ってくれるかなー?」
何個目かの停留所に停まったあと、バスの中は同じ制服を着た生徒で溢れ返った。
ふと聞こえた会話に耳を澄ませる。
琉衣の名前が出ただけで、気になって気になって仕方なくなってしまった。
「さぁ、どうだろうね。彼女いるらしいし、難しいかもね」
「え!?彼女いるの?ショック〜!」
「うん。確か1組の子だったと思う」
存在を隠すように下を向き、気付かれないで欲しいと心の底からお祈りする。
「彼女がいるだなんて聞いてないんですけどー!さすがにダメージでかいわ〜!」
「でもまぁ、渡すだけなら良くない?」
「まぁね。手作りだと重いと思われそうだから、市販のチョコにしたんだけど……甘い物好きかな?」
「ん〜、わかんなーい。矢沢君、クールだし食べないかもね」
「やっぱりそう思う?渡すの悩むなー」
繰り広げられる楽しそうな会話に、ズキンズキンと胸が痛む。