「お前が引き取られるって知って安心したんだ。これで泣かずに済むって。でも、あれから10年。ここに戻って来るって施設長に聞いた時、お前の泣き顔が頭を過ぎった。気付いたら手伝いを名乗り出てた」

「そうだったんだ」

「お前が施設を出た日のこと覚えてるか?」



私が施設を出た日。

あれは10年前の夏、爽やかな風が吹く日だった。


矢嶋夫妻が迎えに来るのは午後1時。
その前にもう一度ここからの景色を見ておきたくて、早朝施設を抜け出して登ったんだ。


初めての朝焼けだった。


夕焼けとは全然違う。
清々しい気持ちになった。


これから始まる新しい生活に感じていた不安が少し軽くなった気がした。


何時間見てたんだろう。


何も考えず、ただぼーっと景色を眺めてて。


そしたら突然下から私を呼ぶ声が聞こえた。


記憶が曖昧だけど、あの時確か……



「彩って……皐月が呼んだ…?」



そうだ。名前を呼ばれた。
今の皐月より少しだけ高い声で。


それで振り向いた瞬間、長時間枝に座っていたからお尻が痛かったのと気を抜いてたせいで、昨日と同じようにズルッと木から落ちたんだ。


私を受け止めた皐月は、『セーフッ‼︎』って太陽のように優しく笑って……



どんどん蘇ってくる10年前の記憶に鼓動が速くなる。



「昨日思い出したのはあの日の事だったんだ」



昨日皐月に助けてもらった時、走馬灯のように頭の中に浮かんだ映像。


学ランを着た男の人が私を見つめながら微笑んで何か言ってる、思い出したのはそれだけの事だけど。


あれは、私がこの町を出る日の事だったんだ……