「河合幹二さんのお部屋は305号室です」



受付から面会バッチを受け取り、案内を受けた通りエレベーターに乗る。

エレベーターは何処にも止まることなく3階に到着すると、チンッと高い機械音を鳴らしてドアが開いた。



ふんわりと、カレーの匂いが鼻を掠めた。

昼食はきっとそれだったんだろう。

つい先日、三食連続カレーを食べたというのに、この匂いを嗅ぐとまた食べたくなるのは本当に不思議だ。



「彩、あったぞ」



皐月の声にドキッと胸が跳ねた。

皐月が指差す先を辿ると、そこには私の唯一の肉親であるおじいちゃんの名前があった。


緊張する……
おじいちゃんと会うのは一体何年振りだろう。

私が最後に会った時は、まだ私の事は忘れてなかった。

だけど、今は完全に何も覚えていないと施設長から報告を受けている。



私を見て“誰だ?”って言われたら、私は立ち直れるだろうか。

私の事も忘れてるってことはもう分かってるのに、面と向かって言われるのはやっぱり怖い。



「大丈夫か?」



皐月が私の頭にぽんっと手を置いた。

その途端、不思議と心が軽くなって、私は緊張で固く閉じていた口を緩めた。



「うん、大丈夫」



スーッと深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

軽く二回ノックすると、中から「どうぞ」と女性の声が聞こえたのを確認するとドアを開けた。



シュポポポポ……と、水蒸気が上がる音がする。

恐らく何かの薬だと思う。
呼吸が楽になり、痰が絡まりをなくす薬で、昔肺炎で入院してた時に同じことをした記憶がある。



「あら、もしかして……お孫さん?」



ベッドの横で食事の片付けをしていた介護士の女性が手を止めて言った。