落ちてきた天使

「あともう一人呼んでるんだ」



洋平が腕時計を見ながら「そろそろ来ると思うんだけど」と言ったちょうどその時。

店のドアが勢い良く開いた。
咄嗟に後ろを振り返り、ハッとした。



「施設長……」



施設長は涙を堪えるように唇を震わせて、私を険しい表情で見ていた。


怒ってる……そう思った。
当然だ。私は感謝してもしきれないほどお世話になっているのに、何も言わずに消えたんだから。



「あの……」



謝らなきゃ……
そう思うのに、あの温厚な施設長の初めて見る表情に言葉が出てこない。

私が口を噤むと、施設長は大股で私の方へ歩いて来る。

そして、右手を振り上げると思いっきり私の頬を叩いた。


パチーン!と乾いた音が響く。
店内はシンと静まり返った。


叩かれた頬に電流が流れたかのようにピリピリと熱い。

突然の出来事と叩かれたショックで一瞬思考が止まった。



「施設長!」

「皐月君は黙ってなさい!」



慌てて皐月が私達の間に割って入ろうとするも、施設長がそれを制止した。


叩かれた頬に手を当てたまま、恐る恐る施設長に目を向ける。

視線が交わった瞬間、施設長の堪えていた涙が頬を伝って顎先から落ちた。



「この一年5ヶ月の間、どこにいたの?」

「あ……えっと」

「皆がどれだけ心配したのかあなたわかってるの⁉︎⁉︎」

「っっ……」



施設長の涙交じりの怒声が胸を突く。


わかってるつもりだった。
私が何も言わずに消えたことで、皐月や施設長、他の職員、私に良くしてくれた人達に心配を掛けるって。

でも、浅はかだった。
自分のことで精一杯で、よく考えてなかったかもしれない。


あの穏やかな施設長が声を荒げて私を引っ叩くなんて……

本当に心配してくれてたからこそ、叱ってくれる。

人を叩くってことは、叩いた方が数倍痛いと思う。
手だけじゃない。心も傷付くものだから。