【そろそろ戻ってきたら?大学、こっちからでも通えるでしょう?】

「もう戻れません……会いたくないんです」



会いたくない、皐月には。






一年5ヶ月前のあの日、私は皐月に抱き締められながら朝を迎えた。

一睡も出来なかった。

一晩中、皐月の寝顔を見つめて頬を撫でた。


そして朝方、こっそりと皐月の腕の中から出る時、唇にそっとキスをした。


最後のキスは、私の涙の味がした。



荷物を纏める時間がなかったから、大事な物だけを手提げ鞄に入れた。

高校には自主退学の連絡を後でする予定だ。
皐月が用意してくれた制服は、持っていくと見るたびに泣きそうだから部屋に残していく。

鍵を机に置いて、“さようなら”とたった一言メモを書いた。


それからすぐにマンションを出て、走って走って走って駅まで行って始発の電車に乗り込んだ。


ちらほらと乗客がいる中、私は一番端の席で泣いた。

どこまで行くかも決めてない。
ただ電車に揺られて、涙が枯れた頃に電車を降りた。


あの街から二時間と少し。

県を跨いで、全く知らない街に着いた。


ぶらぶらと朝の商店街を歩く。
都心みたいに栄えてはいないけど、田舎過ぎないぐらいの綺麗な街。

近くに大学や高校があるのか、若い子達が目立つ。


たまたま見つけた不動産屋。
そこの窓に貼られた物件情報を見て、その日に内見して部屋を決めた。

天下一の二人が休みを取って来てくれたのは、皐月の家を出てから三日後。

その帰り際、皐月が私を探しに三日連続で店まで来たことを教えてくれた。


会いたくなった。
私を必死に探してくれてるってことが、堪らなく嬉しかった。

でも、もう会わない。

会いたくない……皐月だけには。