ふと、昔を思い出した。
まだ施設にいた時の記憶。

多分、隣りに座っていたのは皐月だ。

少年から青年への成長半ばで少しあどけなさが残っていたけど、笑顔や声色は変わってなかった。


ゼロと言っていいほど、皐月との昔の思い出はないのに。

他のことなんて考える余裕もないこの状況で、何で今思い出したんだろう。


でも、もし神様がいるなら。

願いは一つ。


“皆が無事に帰ってきますように”


私には、あの時皐月が言ったように、信じるしか出来ないから。




皐月の姿が燃え上がる炎の中に消えてからどのぐらいが経っただろう。


消防隊員が必死に消火活動をするも、火は消えるどころか勢いを増してるようにさえ見える。

黒煙が上がり、細かな灰が舞い、夕方まで確かに笑顔で溢れていた施設はもうその影を残していない。




「お姉ちゃん…施設長、大丈夫かな」



皐月が行ってしまってから数分間、何も喋らずに洋平と施設を見つめたまま立ち尽くしていると、後ろから弱々しい声が聞こえて振り返った。



「夢ちゃん…」



そこには涙をいっぱいに溜めた中学三年生の女の子、夢ちゃんが全身煤だらけの姿で立っていて、胸元には汚れてしまったテディベアのぬいぐるみを握り締めていた。


施設入所者の中で洋平の次に年長、女の子の中では一番のお姉さんの夢ちゃんは、職員の手伝いはもちろん、子供達の面倒も積極的に見てくれる優しい子だと施設長からも洋平からも聞いたことがある。

私もバザーの準備で初めて話した時、凄くしっかりした子だなって思った。

年下とは思えないほどテキパキと働くし、子供達との接し方も上手。

年上の人に対しての言葉遣いや挨拶、礼儀はパーフェクトで、こっちが恐縮してしまうほどだった。

パーフェクト過ぎて逆に心配だ、と施設長や職員が口を揃えて言うぐらい完璧な子。

そんな夢ちゃんが、思い詰めたような表情で涙をいっぱいに溜めながら……それでも必死に涙を零さないように唇を噛み締めて、私を見据えていた。



「そのぬいぐるみ……」



確か、ななちゃんが肌身離さず大事に持っていたぬいぐるみだ。

バザーの準備中にママから貰った宝物だと眩しいぐらいの笑顔で私に教えてくれた。


まさか、取り残されてる子供って……