「俺が証明してやる。今まで彩の周りで起こったこと全て、お前のせいなんかじゃないってこと。必ず皆を連れてここに戻ってくるから」



皐月はそこで言葉を止めると、私の左手を掬い上げて、まるで王子様のように薬指の付け根にキスを落とした。

ピリッと微かな痛みを感じた。
そして、皐月の唇が離れると、そこには小さな赤い印が刻まれていた。



「この印に誓う。明日も明後日もこの先ずっと、俺は必ず“ここ”に戻ってくるって」



婚約指輪のように、私の薬指に残ったキスマークに視線を落とす。

それはどんな大粒のダイヤモンドよりも輝いているように見えた。



「彩はここで俺を信じて待ってろ」




信じなきゃ……
皐月は絶対に帰ってくるって。

だけど、やっぱり怖くて不安で、皐月に何の言葉も掛けられない私。

ならせめて、これから火の中に助けに入る皐月が私のことを気にして注意力散漫にならないように、私は大丈夫だって伝えないと。

言葉にならなくても態度で。
皐月から目を逸らさないで、毅然とした顔で。


そう思うのに、キスマークを見つめたまま顔を上げられない。

手の甲に涙がぽたぽた落ちて、嗚咽が出ないように必死に唇を噛んだ。



その時、ぽんっと大きな硬い手のひらが私の頭を撫でた。



「行ってくる」



その手はすぐに離れた。

「あっ…」と弾けたように顔を上げると、皐月はもう私の側にはいなくて。

施設の向かいの家の人が恐らく消防が来る前に少しでも鎮火させようとしたんだろう。水がたっぷりに入ったバケツを借りて、皐月はそれを頭からバシャっと被った。


そして、周りの人が止まるのを振り切って、燃え上がる炎の中に消えて行ったーーーー。