「彩!しっかりしろ!」



突然、肩を思いっきり揺さぶられて我に返った。



「っっ!さ、つき…」

「大丈夫だ。お前のせいじゃない」



皐月は私の目線に合わせて、私に言い聞かせるように屈みながら言った。


私、いつの間にか凄い汗を掻いてた。
額や首筋、手のひらにはじわりと汗が滲み、今も重苦しく音を立てる心臓と小刻みに震える拳に思わず目をギュッと閉じた。



「俺は皆を助けに行く。彩は家に帰れ」

「い、嫌だ!私も行く」



家になんか戻れない。
こんな時に一人で待ってられない。


皐月は黙り込んで私をジッと見据える。
私もそれに答えるように、瞬き一つせず見つめ返した。



「……わかった。ただし、辛くなったら言えよ」

「わかった」



皐月は私の汗で濡れた手を取ると、私がついていけるギリギリの速さで走った。


立ち上がる煙は、さっきよりも激しさを増してるような気がした。

施設が近付くにつれて火事の匂いや騒音、野次馬が増え、そして、施設を包み込む炎が見えた時。



「っっ……」



息を飲んだ。
言葉なんて出てこなかった。


立ち上がる炎が激しくて、足も根が張ったように動かなくなってしまった。



「彩!皐月兄ちゃん!」



雑音の中、洋平の声が聞こえた気がして咄嗟に辺りを見渡す。

消防隊員、救助隊員、警察、規制線の外には野次馬と記者。目を凝らして沢山の人の中にその姿を探すと、臨時で建てられたテントの方から全身煤で真っ黒になった洋平が駆け寄って来るのが見えた。



「洋平!大丈夫⁉︎怪我はない?」

「俺は平気だ。逃げてきた子供達もかすり傷程度で済んだ。今、向こうで治療してもらってる」

「そう…良かった……」

「でも施設長が」



洋平は苦痛に表情を歪めながら燃え上がる施設に目を向ける。


その先を言わなくてもわかった。

施設長がまだ中にいる。
この凄まじい炎の中に……



「俺が行く」

「え……皐月?」



覚悟を決めたような皐月の声に、弾けるように隣りを振り仰いだ。