「もういいからっ…!」



皐月が辛そうに声を荒げ、座ったまま私を勢いよく抱き寄せた。


私を抱き締める力、その手が震えてるのに気付いてハッと我に返ると、途端に目の前に広がっていたあの日の惨状が消え、現実世界へと引き戻された。



私……今、また火事の幻を見てた…?


あの火事以来、たまに幻を見る。
当時の惨状……それはあの火傷しそうな程の熱さや煙の臭い、炎や柱が倒れる音もリアルに。

それはもう、凄じいもので。
本当にあの現場にいるかのようだ。


サララと夜風が髪を攫い、汗ばんだ額を冷ましてくれる。

昂ったままの感情のやり場がなくて、私は皐月の服をキュッと握りながらその胸に顔を埋めた。


あ……凄く速い……


ドクッドクッドクッと、速くて力強い皐月の心臓の音が鼓膜に響く。

一定のリズムを刻むその音がやけに心地良くて、そっと目を閉じた。


さっきまで昂ってた感情がスーッと身体から抜けていく。


前もそうだった。
豚の角煮を作ろうとキッチンに立った時。

あの時もこうやって皐月が私を引き戻してくれたんだよね……



「皐月」



呼んでも返事はない。
その代わりに、皐月は私を抱き締める力を一層強め、そして、微かに鼻をすする音が聞こえた。



「さ、つき……?泣いてるの?」



身動きが出来ないほどきつく抱き締められていて、皐月がどんな表情をしているのか見えない。


だけど、微かに生温かい嗚咽混じりの吐息が私の髪に当たって、やっぱり泣いてるんだと悟った。



「泣いてるわけねぇだろ」

「嘘付き……それなら顔を見せて?」



少し籠った声で泣いてないって言ったって全然説得力もないのに、それでも平然を装う皐月。


この人はどこまで温かい人なの……

皐月は人の痛みを感じて涙を流してくれる、気待ちを理解してくれる人で、人一倍繊細で優しい心の持ち主だと思う。

この人の側にいると、シルクに包まれてるように心地よくて、私まで優しい気持ちになれる。


本当に本当に不思議な人なんだ、皐月は。