正午となった。
実加は午前中、一歩も部屋からでなかった。
心配なのか、院長は何度も廊下に出たが、部屋から何一つ物音がしない。
昼食ができたので、院長が実加の部屋へ。
コンコンッ
「実加ちゃん、お昼ご飯ができたよ。出ておいで。」
と言うが声がしない。
少し院長が待ってから、ドアを開けた。
もしかしたら部屋を抜け出したのではないかと、焦ってドアを開けると、そこには、部屋の隅に体操座りで顔をうづめる実加の姿があった。
院長は、ホッと胸をなで下ろした。
ゆっくり実加のそばへ寄っていく。
「実加ちゃん、どうしたのかな。体調でも悪いかな。」
と実加の顔の前まで院長が近づく。
返事はない。
仕方なく院長はそのまま待った。
数分が経ったころ、
「、、、、、、ら、、、ない。」
小さな声で何かしゃべっている。
院長は少し顔を近づけた。
「い、、、、らな、、、、い。」
と聞こえる。初めて院長は実加の声を耳にした。
震える小さな声で、「いらない」と言うのが精一杯のようだった。
息もしているのか不安になる。
「実加ちゃん、どこか痛いのかな。気持ち悪いのかな。」
と聞くと、実加は顔を左右にゆっくり振った。
「じゃあ、食べよう。何も食べないんじゃ体によくないからな。」
と言うが、実加は動かない。
「実加ちゃん、食べれなくてもリビングに行かないかい。」
そう院長が声をかける。
実加は少し顔をあげる。院長が立ち上がり実加の方を見ると、実加が顔を上げて、ゆっくり立ち上がろうとする。
静かに、そっと動く。
院長は実加がそばに来るまでジッと待っている。
院長が部屋を出ると、実加も少し離れて部屋を出る。
廊下を歩く音は、院長の足音しか聞こえないほど、実加はそっと歩く。
リビングに行くと、テーブルには食事が並び、斉藤先生が待っていた。
院長に促されて椅子に腰掛ける。
院長と斉藤先生が食べ始めるが、実加は手をつけない。
「どうした?」
と斉藤先生が実加の顔を覗き込むように聞く。
実加はうつむいたまま、何も話さない。
本当にどうしろって言うんだ。こんなに俺が話しかけているのに、どうしてこんなに可愛くないんだ。
院長が斉藤先生に食事を続けるように言う。
二人が食べ終わってもうつむいたまま手をつけない。
「実加ちゃん、冷蔵庫に入れておくから、食べたくなったら温めて食べるんだよ。」
と院長が優しく言うけど、実加はうつむいたまま動こうとしない。
「実加ちゃん、ちょっとこっちを向いて。」
と院長が言いながら実加の頬を手で挟んで、顔を前に向かせる。
実加は突然のことに驚き、院長の手を払いのける。
「、、、、ゃめてっ!」
なんとか声を出して実加が院長に抵抗する。
斉藤先生がその様子を見ている。
「ごめんね、少しだけだよ。」
と言い、再び院長が実加の顔を前に向け、じっと院長が実加の目を見る。
実加は恐怖で凍りついているのか、院長を睨みつける。
斉藤先生も院長のそばに行き、実加の目をじっと見る。
実加は二人から目を見つめられ、怖くて顔をひきつりながら、睨んでいた目を伏せた。
「はい、ありがとう。」
院長先生がそう言ってから、斉藤先生を見る。
斉藤先生と黙って何か交わしたのか、斉藤先生も強くうなづく。
実加には何をされたのかわからない。
ただただ自分の目の前で、じっと見つめてきて、何をされるのかわからず、硬直していた。



