この幸福な世界では生きていけないらしい。

その事実を突きつけられたのは、これからやっと作家になるのだ、と思ったときだった。印刷会社でOLをしながら、「私ほんとは何になりたいんだろう?」と悩んで書き続けた結果、掴んだ文学賞受賞。鉄は熱いうちに打てと次回作の打ち合わせに編集部に行ったとき、私はさっそく壁にぶち当たった。

それは平和ボケという壁だった。



「深みがないんだよねぇ」



編集部の小山さんは少し生えた髭を気にしながら、原稿に視線を落とす。



「いや、いいんだよ? 受賞作品もそうだったしさ。高坂さんのあったかくてふわふわした作風を好きっていう人はいると思うんだ」



褒められているはずなのにその言葉のうしろには否定の匂いがする。心がちりちりとするのがわかった。この人はたぶん、私の文章が好きではないのだ。



「毒がないんだよなぁ」 



真面目な顔で小山さんの一言一言に頷く。不本意でも決して聞き流さない。反対意見もきちんと汲み取って向き合ったときにだけ、納得いくものが書けることを知っている。物語の核だけ明け渡さなければいい。そう思って、小山さんの話を聞いていた。

しかし次の瞬間、そんなに簡単な問題ではないことを思い知る。