「…健人くん、今、ケータイ電話持ってる?」


嘉人くんから、健人くんがお母さんから携帯電話を預かっていることを聞いていた私は、本当に持っているのか健人くんに聞いてみる。


『うん、持ってるよ!』


そう元気よく答えてくれた健人くんは、背負っていたリュックから白色の子ども用携帯電話を手に取って見せてくれた。


「じゃあ、お母さんに連絡しよっか。ちゃんと着いたよって。」

『うん!』


そう言って、健人くんはパカッと2つ折りの携帯電話を開いたものの、その画面は真っ黒。


「…電源、切ってたの?」


慣れたように電源ボタンを長押しして、携帯電話を起動させる健人くんに聞いてみると、『うん』と首を縦に振った。

そっか……それで、嘉人くんがいくら健人くんの携帯に連絡を取ろうとしても、全くつながらなかったんだ…。


『電車の中では電源を切ってくださいって、電車のお姉さんが言ってたから!』

「……!」


健人くんの言う“電車のお姉さん”とは、きっと到着駅をアナウンスする女性の声のことだろう。

『着いたよ!けんと』と打って、お母さんにメールを送る健人くんの頭を、気付けば私は右手で撫でていて。


「……えらいね、健人くんは。」

『?ふつうだよ?』


ほとんどの大人は、電車内で流れるアナウンスなんて真剣には聞いていないだろう。

携帯電話の電源なんて、優先席付近でもなければ、その電源を落とそうとはしない。

だけど、健人くんはきっと、そのアナウンスを聞いた瞬間に、携帯電話の電源を切ったんだろうなぁ。

邪念無く、そういったことができるのが、子どもらしいなと思いつつ、私は嘉人くんに健人くんと合流したというメールを打って送信した。


「連絡した?」

『うん!』

「じゃあ、今日の夕ご飯買って、嘉人くん家行こっか。」

『はーい!』


差し伸べた手を、力いっぱい握ってくれる健人くんに、すっかり心奪われながら、私は駅のホームを健人くんと共に後にしたのだった。