「あ……磯野さん……」




彼女の顔を見て、今朝の出来事が鮮明に蘇る。





目が合いそうで、あたしは反射的に顔を逸らしてしまった。



麻痺させたはずの心が急に痛み出した。それも、かなりの激痛。


ズキズキ、見えないトゲが刺さってるみたい。



気まずくて俯いてるあたしに磯野さんは、真っ直ぐな視線を向けてくる。




そして、床に座り込んでるあたしの元にゆっくりとした足取りで近づいてきた。




なんで、来るんだろうと思ったけどすぐに見当がついた。







今朝の事、怒ってるんだろうな……?






逃げればいいのに、身体が動かない。





ううん、逃げないよ……。だから、思いっきり怒ってよ……。




「あ、あ、あ、あの……ご、ご……ごめんなさい……」



磯野さんは、そう言ってしゃがみこんだ。




「えっ……?」


なんで、磯野さんがあたしに謝るの? 怒るのなら分かるけど、なんで謝るの?





予想外の行動に、あたしは顔を上げた。






磯野さんの顔が近くにあった。ふっくらと健康そうな白い肌に、一度も染めた事のなさそうな黒く短いサラサラの髪。磯野さんは、飛び切りの美少女ではない。どちらかと言えばすごく地味なタイプの子。


手入れのしてない眉に、シャドーやつけまつげなどで飾り付けてない一重まぶたの瞳に
カサカサと皮の剥けた赤い唇。





磯野さんは、自分を飾ってない。なのに、すごく綺麗な瞳をしている。






なんか、急に眩しく……羨ましく感じた。





「て、て、手……へ、平気……? 擦り傷になってるよね……? ゴ、ゴ、ゴ、ゴメンね……わ、私がぶつかったせいで……」