バスは二本目の坂に差し掛かっている。


「先輩…」

「ん?」


 不思議に思っていたこと。


「メルアド、変えてなかったんですね」

「え? あ、うん」

「あれからもう二年も経つから、つながらないと思ってました」

「うん。オレもびっくりした。まさか本条からメールが来るとは思ってなくて。あ、でも教えたときにはすぐに来るかな、とは思ってたけど」


 はは、と笑った先輩は。


「二年後に来るとは思ってなかったよ」


 もう一度、笑った。


「すみません…教えてもらっておきながら…」

「いや。全然。オレも聞いておけば良かったとか思ってたよ」

「え?」

「アドレス変えようかな…と思いながら、なかなか変えられなかった」


 先輩の横顔のずっと向こうの道を、

 光に反射したバスの車体がゆっくりと登ってくる。


「先輩?」

「待ってた、っていうか」

「……」

「うん。待ってたんだ、二年間。本条からメール来ないかなって。来るかもしれないから…変えらんないなって」

「先輩…」


 あと50メートル。

 スピードを緩めたバスが、ゆっくりとバス停に近づいてくる。


「変えなくて良かったなーって、思った」


 先輩の笑顔を見つめたまま私は、


「…ふ、ふぇ…」


 こらえきれず、顔をおおった。