…おかしいな、誰もいなかったのに。

もう一度、のぞき穴からのぞいてみても、何もいない。

私は、恐る恐るドアを開ける。






…やっぱり誰もいないじゃ…


「こんばんは」


足元から声がした。

びっくりして、心臓が飛び上がる。


「夜分遅くに失礼いたします」




足元には、不釣合いに大きなスーツケースを持った、




狸がいた。





「行商に参りました」


くりくりとした目で私を見上げる。




…なるほど。


まだ混乱している頭で、私はひとつの結論に達した。


…これは、夢だ。


本を読んでいる最中に寝てしまったに違いない。

前にも、レポートを書いている途中で寝てしまい、

そのまま書き上げた夢を見たことがある。

きっと、今回もその類だろう。




「あの」

狸がしゃべる。

「…何か要るものはございませんか?」


狸と会話すること、は初めてだ。

こんな夢も、悪くはない。