午後になって、宿泊客が訪れだした。

大抵のお客さんはチェックインを済ませると、そのまま海水浴へ行ってしまう。
クラゲが出る時期になっているにも関わらず、泳ぎに行けるとは大したものだ。


「客室の担当決めたからね。夕夏は『朝顔』と『桐』の間。どちらもお一人様だから」

仲居頭の母に、「えー⁉︎」と文句も言えず頷く。

こんな田舎に独りで来て、一体何が面白いのだろう……。



担当する客屋を見に行った。

『朝顔』も『桐』も、海がよく見える。
ひっそり…と寝静まったような波が、テトラポットに打ち寄せている。

まるで祭りの成功を物語るような平穏さに、暫し見惚れてしまった。




午後4時。
『桐』の間のお客様が到着した。

品のいい年配の女性で、孫が町内に住んでいる…と話した。


「若い人達の世話になるのは嫌でね。でも、せっかくお祭りに誘ってくれたから、1度くらい来てみようかと思って」

施設のお年寄り達を思い出した。
どの人も私のことを可愛がってくれた。
まるで孫かひ孫のように。


「楽しまれて来て下さい」

玄関先で見送った。
手を振り、孫家族と一緒に歩いて行く背中に頭を下げる。


遠のく足音にほっ…として顔を上げる。その背後から呼び声がした。






「ーーー夕夏…」

ギクッ!として背中が伸びた。

振り向くのが恐ろしくて、ぎゅっと手を握りしめる。
目を見開いたままの状態で、何度も深呼吸を繰り返す。


まさか……と思いながら、ゆっくりと振り向く。


視線の先に、私と同じ「逃げたかった人」がいたーーーー。