「帰ってくるなら来るで、なしてもっと早く言ってこんの!」

母はブツブツ言いながら、私の手から荷物を取り上げた。


「……ごめん……なんか面倒で……」

母の背中を見ながら、少し痩せたな…と感じる。


篠原夕夏(しのはら ゆうか)……私の名前。
26年前の8月、お盆の送りの日に、この家で生まれた娘。


産婦人科も近くにないこの町で急に産気づいた母は、『とにかく早く産んでラクになりたい!』の一心で自宅出産を決意した。


『綺麗な夕焼けが迫ってる中で、あんたを産んだんよ…』

海岸に程近い家の二階で、母はいつもそう言って昔を懐かしんだ。



…窓から水平線が見える景色。
子供の頃から、それを当たり前のように眺めてきた。

息苦しさや暮らしにくさを知らずに育った幼少期、この海に出会えることの素晴らしさを誰よりも知っていた気がするーーー




「……夕夏…」

冷えた麦茶を運んできてくれたのは祖母。
白い割烹着を着て、白髪混じりの頭を覗かす。


この夏、より一層老けさせてしまった。


愚かな……私のせいで……。