結婚するに当たって、別に挙式をしなくても女は大変なんだと判った。なんせ、名前が変わるということは、全ての名義が変わるってことなのだ。

 銀行通帳、運転免許証、判子、郵便物、保険の名義などの各種届出を変えないと、戸籍として存在しなくなってしまうので証明書にならない。それまではビデオ屋のカードですら作れないと気付いて、その面倒臭さに愕然とした。

 愛のない結婚、最初のうんざりはこれで決定だ。

 同居生活、形だけの夫婦と言ったって、結婚という制度を利用する限りはやらなきゃならない最低限のことのほとんどは女性の肩にのしかかるのだ。

 漆原姓になることに何の喜びもないので、ただ淡々と市役所から銀行までを駆け巡った。

 たまに愛想のよい窓口の人が、おめでとうございます、と言って下さり、悪気がない所か善意の塊であるのは判っているけど噛み付きそうになった。

 ちっともおめでたくないんです!って。勿論、そこは我慢したけれど。

 そして勢いをなくすとしんどいからとそのままで実家に突入し、自分の部屋から必要な荷物を父親の車に運び入れる。それと機嫌が良い母親を利用して、要らない新品のタオルやら石鹸やら料理器具なんかを片っ端から強奪した。

「二人で選ばなくていいの?」

 にこにこと聞く母親をきっと睨みつけて、私は言う。

「今日の夜からタオルに困るでしょうが!」

 大体あの何考えてるのかわからない木偶の坊と、何をどう一緒に選べと言うのだ。考えなくても当てられる自信がある。何を聞いても、やつの返事はこれだ。

 何でもいい。面倒臭いから、決めて。