「・・・実際のところ、今は彼の元奥さんにしか申し訳ないとは思わないわ」
正直にそう言うと、坂田君は前で頷いた。
「そりゃあそうだろうな。あの人も会社を辞めるんだって思ってたけど、残った。それが凄いなって皆言ってた」
そして、まあ、過去のことはもういいや、と手で空気を払って、ニッと笑う。
「それで、兼田は今何してんの?」
今は苗字が違うのと訂正しなかったのは、何かの思惑があってのことではない。強いて言うなら、どうせもう会わない人だと思ったからだった。
「歯医者の受付してるよ~。狭い世界だけど、あれはあれで楽しい」
パートであるとも敢えては言わない。今日もスペシャルに美味しいアイスコーヒーを飲みながら、肩の力を抜いて坂田君と話を楽しんだ。
彼のケータイが鳴って、結構な時間が過ぎていたことを知る。
「ごめん、ちょっと」
断って席を立ち、彼は電話を受けながら店の外へ出た。
私も時計を確認する。あらら、もう6時半じゃない。やばい、遅くなっちゃった、結局ヤツにはメールも出来てないし。ここを出たらとりあえず電話してみようか―――――と考えていたら、坂田君が戻ってきた。
「悪い、俺会社戻るな。今日は会えてよかった、心配してたんだ」
一瞬目を瞬いた。
・・・心配?その割には退社してから一度も連絡くれなかったけど?実際、あまりにもアッサリと長い間勤めた会社ともその人間関係からも切り離されて、当時の私はそれにも凹んだのだから。
連絡は、女友達が数人だけだった。彼からは何もなかったぞ。


