夏の蜉蝣が揺れている。夏穂は校内の駐輪場から自分の自転車を出すと、乗らずに押したままゆっくりと校門の方に向かった。プールの側に佇む。端のコースではが一泳ぎした後、息を整えていた。夏穂は金網越しに口を尖らせた。国人がそれに気がつく。

「何見てんだよ」

「別に。端っこで一人で何してんの」

「今日調子悪いから一人で練習させられてんだよ」

「ふーん」 

「邪魔だから帰れ」

国人はそう言い残すと、激しい水飛沫を立てながらプールに飛び込み、再び練習を始めた。夏穂は「ふんっ」と呟いて自転車に跨った。



 家までは自転車で十五分位かかって、途中に少しだけ坂になってる小さな川へと続く河原がある。砂利道の上を暫く自転車を漕いで行くと、前の道から小さな白い煙が出ているのに夏穂は気がついた。見ると、一人の男が頭を両手の後ろに乗せ、平和そうに昼寝をしている。そしてそのすぐ側にはその男の物らしいギター・ケースと楽譜が置かれており、つけっ放しの煙草の火がゆっくりとその楽譜を一枚一枚焼いて行っていた。夏穂は暫くためらった後、左手で指差しながら大声で叫んだ。

「火事!」

 洸(こう)ははっとして目を開けた。そして漸く事の重大さに気がついた。

「うわぁっ」

 洸は慌てて川まで降りると何か水を入れられる物を探した。夏穂は暫くその姿を眺めていたが、やがて部活でいつも使っている水彩画を描く時の絵筆を洗うプラスティックの白い水入れを巾着から取り出すと、何も言わずに洸の方にひょいっと投げた。洸はそれを受け取ると川の水を汲み、元の場所に戻り、何とか火を消し止めようと懸命に身体を動かし続けた。夏穂は手伝う訳でも無く、洸のその姿を再び無表情のまま見つめていた。

「イケてねー」

洸は何とか火を消し終えると、夏穂の方を肩で息しながら漸く振り向いた。そして水入れを夏穂に返そうとして水入れの端の所が少し焦げている事に二人同時に気がついた。夏穂は再び呟いた。

「イケてねー」