「またそんな泣きそうな顔…するなよ」


「べ、別に泣きそうになんかなってない…」



「そ」



とん、と窓に押し付けられる。



少し乱暴な手つきに、緊張がよぎる。



蒼の手が私の頬をゆっくりと撫でた。



身体中が熱くなるのを感じながら、その手の動きに耐える。



放課後の生徒たちのはしゃぎ声が、時折、空耳のように微かに聞こえる。



それ以外は、しんとしている。



高鳴る鼓動が蒼に聞こえてしまうんじゃないかって焦るくらい、静かな空間…。



「ずっと苦しかった」



蒼の低い声が耳を打った。



「胸の奥がカラカラしてるんだ、ずっと。
喉が渇くみたいに、苦しくて、熱くて。

告白すれば、楽になると思ってた。
でも逆だった」



はぁと悩ましげに吐息がもれた。



「あのヤンキー野郎と同じこと考えるのはしゃくだけど、ここってほんといい場所だよな。

あー、今すぐここで、おまえ押し倒したいな。
全部俺のものにしたいな…」



思わず身を強張らせた私に、蒼はくすり、と小さく笑みを漏らした。



「バカ、冗談だよ。
何年片想いしてきたと思ってんだよ。
今更んなバカことやらねぇよ。
ドキドキした?」


「な…そんなわけ…!」


「でもさ、『落とす』って言ったのは嘘じゃないから」


「……」



言葉をつまらせる私に、蒼はにっこりと綺麗な笑顔を向けた。



「今夜の飯は、また肉がいいなー。
作ってくれる?」


「だ、だれが作ってやるもんですか…っ」


「あそう。
じゃ、蓮にしようかな」


「な…」


「頭の先から足の先まで、ぺろって美味しく食べちゃおうかな」


「ふ…ふざけないでよっ…!」



振り上げた手を、蒼はあっさりとよけてしまった。



「ふざけてねぇよ。俺は本気」


「……」


「ま、俺取りあえず部活行ってくるから。
お楽しみはそれからだ。

じゃあな。気を付けて帰れよ」



と踵を返して向けられた背中は、どこか悠々とした雰囲気があった。



獲物を追い詰めて楽しむ…



そんな余裕が感じられる、広い背中だった…。