「ごちそうさまでした」



食事が終わり、レストランを出た私達はエレベーターに向かった。

葉山さんから連絡が入って、迎えの車が手配出来なくなったので、私達はタクシーでホテルまで帰ることにした。


ニューヨークには、日本の西園寺邸のような大きな家はなく、執事やメイドはいないそうだ。

だから私達が滞在する間は、お父様のお抱え運転手である葉山さんが私達のお世話をするよう頼まれていると聞いた。

ただ、今日は大きなトラブルが発生したみたいで、きちんとおもてなし出来ないことを葉山さんは申し訳なさそうに電話越しで詫びていた。



「くしゅん」


エレベーターに乗りこんで、1階まで降りる途中。

くしゃみをした私は、外気に晒された両腕をギュッと抱きしめた。

夏とはいえ、屋内は冷房の効いている場所が多く、少し体を冷やしたのかもしれない。


そう思っていると、パサッと何かがかけられる音がした。

見ると、私の背中には要さんが着ていたスーツのジャケットがかけられている。


「あの、コレ...っ」


要さんの横顔にそう尋ねると、彼は前を向いたまま「着とけ」と私に言った。



「...体調もあんまよくねぇんだろ?」


チラリとこちらに目線をやる彼と、目が合った。


「...ハイ」


そんなこと、要さんが気にかけてくれるなんて意外だった。



「ありがとうございます」



ふんわりとほのかに香水が香るジャケット。

真っ白のシャツの背中が、ひどく私をドキドキさせた。




やっぱり今日の要さんは、いつもと違って何だかおかしい。



そう私が感じていた理由が分かるのは、その2日後のことだった。