「それよりも...」


そう切り出した要さんは、私から目を逸らした。



「ケーキ、食べないのか?」


思いもよらない言葉に、私は「え?」と思わず目を丸くさせた。

要さんは、どこか居心地悪そうな様子でこちらを見る。



「今日、誕生日なんだろ?」


「あ、ハイ...そうですけど」



私がそう言うと、要さんはくるりと背を向けてドアの方へ歩き出す。


「ウチのシェフが自信作だから、早く食べてもらいたいって言ってたぞ」


要さんは「...食べてやれよ」と続けると、部屋のドアを開けた。

私は慌てて2、3歩踏み出し、その背中に呼びかけた。



「要さんっ」


私の声に、彼は足を止めて立ち止まった。



「あの、ホントに今日はありがとうございました。私...要さんの言葉を聞いて、面倒な仕事も楽しもうって思えるようになりました」



心からそう思えるようになったのは、彼のお陰だと思う。

きっとそんな気持ちを持つ生徒が増える事を、一番望んでいるのは彼だ。

だから私は、伝えたかった。



「帝桜祭、楽しみにしてます」



要さんは「...ああ」と返事をすると、ドアをバタンと閉めて出ていった。

振り向くことはなかったけれど、少しでも私の気持ちが伝わったならそれでいい。



親に決められた婚約相手で、冷たい態度を取る彼に好意なんて抱かなかった。

だけど、『頑張ってる人をちゃんと見てくれる』と夏希ちゃんが言ってたように、彼は私のことも見てくれた。

まだ何の解決口も見つかってないけれど、ほんの少し近づいた距離が私の心を温めてくれた。



翌日無事食材も届き、その後はトラブルもなく、3日間盛大に行われた帝桜祭は大盛況の中幕を閉じた。

それはあの時彼が言ったように、過去最高の入場者数と収益を上げ、今までにない盛り上がりを見せた帝桜祭となった。