「要様、お待ちください」


親父との食事を中断して広間を後にした俺を、執事の間島が引き止める。

俺は振り返って足を止めると、間島の顔を睨みつけた。


「間島は知ってたんだろ?婚約者の話」

「ええ、もちろん」


予想通りの返事に溜息をつくと、前髪をかきあげて壁に寄りかかる。


「今まで形だけでよかったのに、今回は婚約が決定事項だなんて、どういうことだ?」


形だけの見合いなら今まで散々させられてきた。

最初こそ行くのに渋ったが、親父の面子もあるし、「形だけでいいから」と言う親父の言葉を飲んで、嫌な見合いもしてきたのだ。

それなのに、今回は正式な婚約とは。



「要様も今年で18になります。いずれ西園寺グループのトップに立つ人間として、その準備が始まったという訳です」

「ハッ、何だそれ」


俺はそうはき捨てると、また自分の部屋に向かって歩き出した。




自分の家が普通と違うことは、親父の付き添いで出席するパーティーで嫌という程体感している。


名前を名乗れば、媚びへつらい機嫌を伺う周りの人間。

特に俺と同世代の娘を持つ親は、こぞって俺の周りに群れ、取り入ろうと必死。

『西園寺』という肩書きが欲しくて近寄ってくる女たちは、どいつも呆れるくらい欲にまみれた奴らばっかりだった。



「...何が、準備だ」



部屋のドアを静かに閉め、そこに背を預けて思わず漏れた小さな声。

それは誰に聞こえる訳でもなく、大きな部屋にやけに響いて消えていった。