「伽耶」



式の後。

誰もいなくなった教室に、私を迎えに要さんが来てくれた。

窓際の席に座っていた私は立ち上がる。



「悪かったな、待たせて」


「いえ。生徒会の方はもう大丈夫ですか?」


「あぁ、全部済ませたから問題ない」



要さんは私の隣まで来ると、近くの机を少し引いてそこに腰掛けた。

窓の外を見つめる横顔は、ほんの少しだけ寂しそうだった。



「スピーチ、よかったですね。私も泣いちゃいました」


私がそう言うと、要さんは「だろ?」と言って悪戯に笑う。



それがとても要さんらしくて、私はクスクス笑ってしまった。


「何だよ」


「いいえ、何でもありません」


その答えに納得いってないようだったけど、要さんはまた窓の外に目を向けた。



「1週間後には、ニューヨークだ。そこで俺らの生活が始まる」


「ハイ」



そう。

私たちはもうすぐ西園寺の屋敷を出て、ニューヨークで2人暮らしを始める。

広さこそあるものの、そこに使用人は誰1人としていない。



幼い頃から身の回りのことを他人に頼ってきた私達が、自立するために決めたこと。

それが必ず今後の役に立つと思って、2人でお互いの両親に頼んだのだ。



不安がない訳じゃない。

だけど、要さんとだったら...それも乗り越えていける気がした。



「伽耶」



窓の外を見ていた要さんが、こちらに視線をやる。

その声で名前を呼ばれると、私の胸はキュンとする。



「何ですか?」



私がそう尋ねると、「こっち来いよ」と呼ばれた。

どうしたのかな、と不思議に思って彼の傍まで近寄ると、手を引かれて要さんとの距離がさらに近くなった。

思ったよりも近い距離にドキドキして、私は下を向いた。



そんな私に構わず、要さんは胸元のブートニアを取り出すと、そのままそれを私の胸元にさす。



「お前にやる」



要さんの胸元から私の胸元に移ったブートニアは、生徒会長である彼だけの為につくられたもの。

他の生徒とは違う、この世にたったひとつしかないブートニア。



それを私にくれたことが、嬉しかった。



このブートニアに交じる白のガーベラのように、これからの人生を、私も前を向いて歩んでいきたい。




「...大事にします」



私がそう言うと、クククとおかしそうに笑い出す要さん。



「生花だから、枯れるぞ?」


「押し花にでもして取っておきます!///」



そんな言葉に私は顔を上げて彼を見る。

そこには、やっぱりおかしそうに笑う要さんがいた。



いつまでも笑う要さんに、「もうっ///」と言って顔をプイッと逸らした。

すると笑い声が止んで、要さんの手が私の頬に触れた。

ドキッとした私の動きは止まり、されるがままに彼の方へと顔を向かされた。



「拗ねるなよ」



その声は、どこか甘さが漂っていて体に悪い。

そんな風に言われたら、私は何だって許してしまいそうだ。




「...要さんの分厚い本貸してくださいね、書庫にあった本」



不貞腐れたようにそう言う私を、要さんはおかしそうに見つめていた。



「あぁ、いいぜ。また、あの時みたいに押し花作るの手伝ってやるよ」


「え...?」



驚く私にニヤリと笑った要さんは、止まったままの私に顔を近づけて、攫うようにキスを落とした。



Fin