隣には、藤堂さんの姿があった。


それを見て、すぐにその場から立ち去ろうとしたけれど、不意に聞こえた「要くん」という言葉にまた私の足は止まってしまった。



「じゃあ、今はファンクラブからの嫌がらせは特にないってことね」


「うん、全然。だから夏希も安心してよね」


「はぁ~...ならいいんだけど。全く、会長も何ていうか...対応が早いわね」


「そうね。そのお陰で助かってる」



2人はまだ私の存在に気付いてない。

このまま話を聞いていたら、きっとよくない事も分かっていたけど、私の足は動かなかった。



「ねぇ、夏希。前に裏庭に呼び出しされた時、走ってきてくれたでしょ?あれ教えてくれたのって、藤島さん?」



彼女の口から、自分の名前が出たことに驚いた。

私の胸はさらにドキドキが加速して、掌をギュッと握り締める。



「あ~、うん...。そう」


ちょっと言いにくそうに答えた夏希ちゃん。

それは当然だ。

要さんの彼女だった相手に、婚約者の話題を出すなんて誰だって気まずいに決まってる。



「やっぱり!私、見えたんだ。窓から、走ってく藤島さん」


「そっか~」と明るい声で言う彼女。

その彼女から紡がれる言葉の続きが気になった。



「いい人だよね、彼女」


その声色は一切嫌味のない、そんな声だった。


「...水織。アンタ大丈夫なの?」


「大丈夫だって!...いい思い出になったもん」


さっきとは打って変わって、トーンが落ちた声。

憂いを含んだその声は、誰がどう聞いたって『大丈夫』そうには聞こえなかった。



「...私にも、婚約者が決まったの。家の為よ?どの道要くんとは一緒になれなかった訳」



だから仕方ないでしょ?と明るく話す彼女。

私には、そんな彼女の心内が分かってしまった。



手に持っていたバケツの取っ手をギュッと強く握りしめて、私はその場から立ち去った。



聞かなきゃよかった。

そんな事...今更思っても、もう遅かった。