「……月を見てると、小さい頃を思い出す」


しばらく月を見ていた要さんが、ふいに言った。


「幼かった俺に、母親がよく夜空を眺めていろんな話をしてくれた」


彼は月に目を向けたまま、昔を懐かしむような横顔を見せた。

それはきっと、彼にとって大事な思い出なんだろう。

普段の彼より、少し優しい表情が見えた。


「ウチの両親も政略結婚で、出会ったのは結婚式の1ヶ月前だ。それでも、俺の記憶に残る2人は仲睦まじい夫婦そのものだった」


要さんのお母様は、彼が小学生に上がる前に亡くなったと聞いている。

それからは仕事の合間を縫って、お父様が遊んであげてたらしいけど。

それでも要さんは、私と同じように屋敷に1人で過ごすことが多かったといつだったか間島さんが話してくれた。



「……そんな両親が俺の誇りであり、理想だった」



いつもより雄弁な彼の話に、私は静かに耳を傾けていた。

あのニューヨークの日以来、要さんはよく話してくれる。

それは、彼の心が不安定だからじゃないかと…私は少し心配だった。



いつも自信たっぷりで、みんなの先頭に立っている要さん。

人前で一切の隙を見せない、そんな彼の安息の場を失った今。

平気な顔で日々を過ごしているようで、不意に見せる横顔が曇ってるところを私は何度か目にしていたから。