「これから俺が進もうとしてる道は、生半可な気持ちでやっていけるもんじゃない。それがよく分かったんだ」



確かに要さんは国内だけでなく、世界経済をも動かす大企業のトップになる未来が待っている。

その世界がどれだけ過酷で、厳しい道なのかは計り知れないけれど...。



「でも、」


「それに」




私が言おうとした言葉を遮るように要さんは話を続けた。

陰を落としたその表情に、声色も少し小さくなった。



「……親父が、弱ってんだ。そんな姿、俺に見せることなんて今までなかった」



要さんはコトンとグラスをテーブルに置くと、またこちらを見た。



「たった1人の肉親だ。困ってる時は、 惜しみなくその手を差し伸べたいと思ってる」



強い眼差しの奥に見える、要さんの意志。

そこには、彼の揺るぎない覚悟が伺えた。



「……それにお前のことを巻き込む形になっちまうが」



要さんは立ち上がって、ゆっくりと私の傍まで歩いてきた。

そして私の前に立つと、足を止めてポケットに入れていた手を出した。

私は、背の高い彼を少し見上げる。

見つめた彼の瞳には、不安気な顔をする私が映った。




「共にすると決めた以上、大事にする」




迷いのない、力強い言葉。

たとえ自分が胸を痛めても守りたいものがある彼の決意に、心が震えた。




「そう約束するから」



低く、胸の奥まで響く声が、すぐ傍で聞こえる。

目を見開いて、驚いた顔をしていたであろう私の目の前は、だんだん霞んで見えなくなっていく。





「だから俺についてきてくれ」




そう言われた瞬間。

何故だか、涙が零れ落ちた。



答えはもう、ひとつしかなかった。



「……ハイ」



頬に伝う涙の意味を、彼がどう捉えたか分からない。

だけど、それを拭う彼の指先があまりにも優しくて。

私の涙は止まらなかった。