家に戻ってから、姉には報告した。電話だと声のトーンで沈んでいるのがバレるといけない。メールで、『ゆうくん』からのメッセージをそのまま伝えた。
 ゆうくんは、元気で幸せそうだったと。大学を出て、サラリーマンになって、社会人バスケをしていて、高校時代から付き合っている彼女と、来年結婚するそうだと。

 最後の情報は、ノロケですかよ。
 メールを打ちながら面白くない気持ちになるのは、彼氏いない歴6年女の妬みだろうか。いや、市原さんが感じ悪かったせいだ。

 口調は丁寧で、紳士的だった。コーヒー代を奢ってくれたし。でも……

“なんだ、そっか。どうりで、イメージと違うと思った。妹さんね”

 あんな露骨にがっかりしなくたっていいじゃない。そりゃ私は、姉と違って地味だし、気の利いた話もできないし、誇れる趣味もない。
 それでも普通、せっかく会ったんだから、コーヒーの一杯を飲む間くらいは、世間話して帰るもんじゃないの?
 最初はあんなに熱のこもった瞳で見ていたくせに、私が姉じゃないと分かった途端にあのクールダウン。

 まあ別にいいんだけどね! 元々私には関係がないもんね。


 ニュージーランドでリア充している姉からは、数時間後に能天気な返信があった。

『そっかあ、それは良かった。二十三で婚約してるってことは、よっぽどイイオトコなんだね。残念な気もするけど、ゆうくんが幸せで何よりだわ。あー、幸せのお裾分けしてもらえたあ!』

 姉がそう感じたなら、何よりだ。
 チャット形式でメールしているため、文字で会話しながら、ふとタイピングの手が止まった。

 あの言葉は伝えなくていいんだろうか?

“僕がこうして生きてるのは、利乃ちゃんのお陰だから”

 十年後の姉との再会を夢見ていた『ゆうくん』は言った。

“十年後の今日、利乃ちゃんが惚れ直すくらい、いい男になっていようって”

 そのためにたくさんの努力してきたんだって。
 姉に会って、そのことを伝えたかったに違いない。実際に目で見て、知って欲しかったに違いない。だからやっぱり、市原さんはがっかりして帰ったんだと思う。

 さすがに大人だから、面と向かって私に怒ることはなかったけど。
 穏やかに笑って、素っ気なく去って行った。


 姉は綺麗さっぱりと消化して、あれから全然気にしていないけれど、私はどうしても気になって忘れられなかった。
 市原悠雅という男のことを。


 再会したのは、一ヵ月後だった。