「あの、関口……美緒ですけど」
「え、ああ……美緒ちゃん?」
ほら、思ったとおりだ。反応が鈍い、感じ悪い。
「まだお仕事中ですか?」
「いや……、熱出して休んでる」
「え、風邪ですか? 病院行きました? インルエンザじゃないですよね?」
秋もめっきり深まって、早くもインフルエンザ流行の兆しが見えると、ニュースで見たのはつい最近だ。
「病院行った。インフルは調べて、陰性。大丈夫、もうだいぶいいから」
ありがとう、良くなったらまた電話すると言われて切られた。
はい、お大事にと答えたけれど、相良さんのしゃがれた声が脳裏にこびりついて、離れない。だるそうな弱々しい声だった。
ちゃんとご飯食べれてるのかな。食べるものはあるのかな。
男の一人暮らしだ、悲惨な姿しか想像できない。
だからって、初対面に近い女が突然家に押しかけてくるとか、怖いに決まってる。
でももしかすると、猫の手も借りたい、藁にもすがりたいほど、切羽詰っているかもしれないし。
家にはお邪魔はしない、ただ差し入れを渡すだけだ。
念仏を唱えるようにぶつぶつと自分に言い聞かせながら、相良さんのアパートにやって来てしまった。我ながら怖い。
気持ち悪がられるかな。ここまで来ておいて、踏ん切りがつかない自分に苛立つ。
ええい、成すがままよ!
“女だって攻めなきゃ! 待ってたら連絡もらえるとか思ってたら、横から来た女にさあーっと、さらわれちゃうんだからねえ! 行けえ、GOGO! 美緒ー!”
いいや、違う。これはボランティア精神であって、下心じゃない。
そんなもの、相良さん相手にあってたまるか。