考えておきます、と答えて帰った。
携帯番号を聞かれたので口頭で告げたら、その場でスマホから発信してワン切りし、
「俺の番号も、登録しといてね」
相良さんは魅惑的に微笑んだ。
私は生まれてこの方、眼鏡をかけている人をかっこいいと思ったことはなかった。決して眼鏡フェチではない。
視力がいいのに伊達眼鏡をかけている理由は、宴席で他の女の子に話していた。
眼鏡をかけたほうが、尖った印象の角が取れて、人間的に柔らかく見えると上司にアドバイスされたらしい。
確かにそうだと思う。眼鏡を掛けていないときの相良さんは、掛けているときよりも印象がきつい。口は悪いし、感じも悪い。
別れたあと、消化し切れない胸のしこりを感じる。
あれからずんやり、相良さんのことばかり思い出してしまう。
キスした責任を取って、「結婚してもいいよ」と発言した酔っ払いのことを。
「してもいいよ」と上から発言だったのが、日を追うごとに納得がいかなく思えてくる。してもいいよって何でしょう。そこは「してください」じゃなくて?
大体、あれから電話の一本もない。もう六日も経つのに。
掛ける気がないのなら、電話番号を聞かないでほしい。無闇な個人情報の取得は、銀行マンとしての資質を疑問視したくなる行為だ。
「てか、美緒が掛ければいいじゃない。気になるんでしょー? その感じの悪い男」
電話口の向こう、姉があっけらかんと言った。
相良さんのことは『生まれて初めて合コンというものに行ったら、感じの悪い男がいた』とだけ話した。
相良さんが市原さんの幼馴染みで、カフェで会った『ゆうくん』だったことは、内緒だ。
姉にそれを言うつもりはない。市原さんと相良さんが、姉との思い出を綺麗に昇華するために吐いた嘘は、それはそれでいいと思ったからだ。