異聞三國志

その戦いにはなんと黄月英も参戦していた。彼女が連弩の改良をしたからである。

しかし、孔明は追撃しなかった。その先は湿地帯になり、船戦を得意とする呉軍優位であると思ったからであった。

そんな中、黄月英は一旦洛陽に戻り、それから南下して、揚子江に行き、船に乗った。呉の首都、建業に向かうためであった。

すでに先発していた理佐子達を追って。

その理佐子達だが、旅の芸人一座を装い、朱雀隊の十名ほどを伴い、建業に入っていた。
建業では先ずは虞平の屋敷に入った。

『おお、理佐殿。よくぞ来られた。狭いが、寝台だけは沢山あるでな。』


虞平は官職には就かず、医者として生計を立てていた。だから、寝台(ベッド)だけは沢山あった。

『私も士郎とは戦いたくない。私は医者やから兵隊としては徴用されないにしても、軍医ならばあり得るからな。』

虞平は苦悩していた。

『虞平様、だから私も何とか呉と和平したくて、ここに来たのです。』

『それは有り難いが。難しいぞ。何せ和平論を言った諸葛瑾殿らは自宅軟禁状態やからな。誰も近づけない、外出も出来ないように、兵士が見張っておる。』