「愛香がさ」
声のトーンが落ち着いていた。
言うかどうかを悩んでいるようにも聞こえた。
「うん」
「…愛香がね?別れる選択肢もあるからって言ったんだよね」
「…うん」
「最初意味わかんなくてさ」
はにかむ奏太が窓の外に目をやった。
雨が降り出していた。
「そう思わせたことがちょっと情けなかったんだよね」
「…奏太はなんて返事したの?」
「なんだったかな。あんまり覚えてないけど、もう言わないでって言ったかな」
少し辛そうな表情をした。
あまり見ない顔だった。
「俺にはそんな選択肢、思いつきもしなかったけどさ。少なくともある程度は覚悟してたんだなと思って」
「伝わった?愛香さんに…」
「そう思いたい」
「仕事は行ってるんだよね?」
「行ってるよ、環境に恵まれてるみたい。それは本当に良かった」
「いい職場なんだ」
「…みたいだね。急な休みも快くって感じだし」
「体調的には大丈夫なの?」
「うん、だいぶ良さそう」
「それは良かった」
窓ガラスの向こう側に水滴がつき始めた。
雨脚が強くないといいけれど。
「つい弱音吐いちゃうんだよね、蒼だと。ごめん」
「なにそれ、お互いさまでしょ」
「情けないわ」
声を掛け合わなくとも、互いに帰宅の準備をして。
目配せしなくても、雰囲気で流れて。
「今日は俺」
「いや、おかしいから」
伝票を手にした俺に、眉を寄せて怖い顔。
「前回奏太が払ったでしょ」
「今回声掛けたの俺だからさ」
後ろからそう聞こえたが、聞こえないフリをしておいた。


