「季蛍ちゃん…」
手荷物をまとめていた季蛍さんに、陽が声を掛けた。
俺にはわからない何かを感じ取ったようだ。
「大丈夫です」
「無理だけはしないで」
「はい、本当に大丈夫です…」
そう言って顔を上げる季蛍さんは、とてつもなく辛そうな表情をしていた。
具体的に説明はできない。
ただ、身体的な辛さでないことは、陽にだってわかったはずだ。
「陽」
何かを言おうとしたので、咄嗟にそれを制した。
「言いたくないこともあるよ」
「わかってる」
それでも、声を掛けることをやめなかった。
「話聞くだけでも力になれたら…って思うの。港が邪魔ならあっちに追いやる」
「…ふふ」
「ね?」
流れで同意を求められ、とりあえず頷いておく。
「蒼くんに頼れない理由があるなら、私が話を聞くのじゃダメ?」
「…ありがとうございます。でも、本当に何もなくて」
「……」
「こんなに笑ったのも久々で、少し疲れてしまっただけなんです」
強引に作られた笑顔だったが、そんなことを指摘できるはずもない。
「…私も今日、すごく楽しかった」
陽も指摘はせず、ただ隣に寄り添った。
季蛍さんが身支度を終えるまで。