「クッキー、好き?」
紅茶と共に、甘い香りを運んできた陽さんが言った。
「はい、大好き」
「良かった」
「陽さんが?」
「んふふ、まさか。買ったものだけど、味は保証する」
白いティーカップが置かれる。
「すみません、気を使ってもらうだなんて」
「ううん、誘ったのは私だから」
家にいると余計なことを考えてしまうので、こうして外に出ている方がうんと楽だった。
居心地のよい相手がいてくれたら、もっと気が紛れた。
「夜泣き、落ち着いて良かったですね」
「うん、本当に。朝までぐっすりだと、逆に心配になるくらい」
「ふふ、わかります」
床を這ってやって来るその姿に、陽さんは自然な綻びを見せる。
「おいで」
小さな体が抱き上げられた。
むちむちの手のひらに、つるんとした白い肌。
愛くるしくてたまらない。
「お姉さん、遊びに来てくれたんだよ」
くりくりの大きな目が合うと、抱きしめたい感情に駆られる。
「目、陽さんにそっくりですね」
「そうかな!?」
「はい、でも 港くんの面影がしっかりあるような」
「よく言われる、どっちにも似てるって」
「かっこいい男の子になります、絶対」
「そんなこと言われたら、港が喜んじゃうね」
そう言ってクスクス笑う陽さんの笑顔に反応するように、にっこりと笑うのだ。
二人に大きな愛情を注がれているのが、その笑顔を見るだけで伝わってくる。
「季蛍ちゃんは 夜泣き 辛かった?」
「そうですね、特に一人目は」
「会う度に辛そうな顔をしていたの、覚えてる」
「表に出てました?」
「ううん、だって隠していたでしょ?それに 子どもといるときは 全くそんな顔をしなかったし」
「睡眠時間はほとんど取れなかったけど…やっぱり可愛かったので」
「うん、わかる」
私にもそんな時期はあった。
一睡も出来ずに朝を迎えるようなことが、毎日のように続いていたあの時期が。
一人で苦しむ状況を回避してくれた彼がいなければ、投げ出していたのかもしれない。
睡眠時間を大幅に削って支えてくれた蒼のことを、ふと思い出していた。
「夜泣きが落ち着いたのに、毎日不安なのはなんでだろうね」
「わかります、眠れなかったりして」
「そう、何か起こったらどうしようって悪いことばっかり」
「考えちゃうんですよね」
「そんな日に限って港は帰ってくる」
「ふふ、普通は嬉しいような」
「確かに!嬉しいんだけど、眠らないと怒られるから」
「港くんが?」
「怒るの、布団入れって」
" 怒るうちに入らない? "
とクスクス笑った陽さんは、ティーカップに角砂糖を落とした。
「蒼くんは優しいでしょう?」
「でも、注意された記憶なんていくらでもありますよ」
「そうなんだ」
「妊娠中も出産後も。私が気を抜いちゃうから」
「想像以上に疲れるんだもん。仕方ないよ」
「…そうですね、湯船の中で眠ることなんて何度あったか」
一度そんなことがあってから、風呂場の扉を頻繁に叩かれていた時期だってあった。
一人の時は湯船に浸かるなと言われていたし、二人でいるときは無理にでも私の睡眠時間が確保された。
厳しいが故に優しかった。
本当に。